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「古武士(もののふ)第26話 真の柔道とは」 
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道上は「一年の約束だ、そろそろ日本に帰る」と伝えるが一向に、 
了解するどころかお前は逃げるのか、と言われる始末だった。 

しかも指導依頼は増える一方でオランダ、スペイン、スイス、ベルギーなどのヨーロッパ諸国のほか、 モロッコ、レユニオン島、モーリシャス、セネガル、コート・ジボアール、ザイール、 西インド諸島マルテイーニック島、グア・ド・ループ島。 

徐々に英語圏にも行き、合計54か国を超える国での指導となった。 

それらの国々で最高技術顧問として招請され、 チュニジア、マダガスカル、アルジェリア、と国が独立するたびに初代最高技術顧問に迎え入れられた。 
そうすると2~3か月に一度は指導に行かなければいけない。
相変わらずフランス柔道連盟からの報酬は無かった。 

道上50代の頃、40度を超える真夏のマダガスカルからパリ・オルリー飛行場へ降り立ち、 愚息が持って行った冬物のコートを着るとそのまま真冬のオランダへ オランダはマイナス22度
 パリ飛行場トランジットの出来事だが 当時は何十時間もかかる乗り継ぎのプロペラ機だった。 

道上の元へ1956年有段者会会長のジャザランが訪ねてきた。
「柔道の昇段審査はまず形をやらせ、そして技術を見る  そして
試合をさせる。
試合成績50に対して形と技術で50
総合して60%~70%取れればよしとする。 
連盟たちは試合だけで昇段させようとしているが、 歳をとってくると技術は進んでも、スピードが落ちて中々チャンスがなくなる。 
私たち有段者会は、連盟とどんなに対立してもこの方針を堅持しようと思っています。 
「道上先生にもご賛同頂きたいのです」
道上の思いをフランス人から伝えられると道上はうなずいた。

ヨーロッパ、ひいては世界での柔道発展は留まる事を知らず、それに対し 日本柔道界の国際性の無さは日本が誇る文化である武道を潰して行った。 
柔道が海外で普及し、それを統率して行こうとすれば、権威を押し付けるだけですむはずがない。 

こんな中、「道上先生は何メソッドです」と聞いてくる人がいる。 
しかし道上はこういった質問にいつもこう答えていた。 
「自分がやっているのが柔道だ。どちらのメソッドでもない。
それ以外の何ものでもない。」 「柔道とは相手がこうくればこうするというように綿密に組み立てられた非常に合理的なものだ。 
そして柔道を通じて修養を積むと言う思想(心構え)が、常に根底に無ければだめだ」 

何よりも道上はフランスへ土足で踏み込んで来て独善的に振舞う
講道館のやり方、 そしてそれに便乗しようとするボネモリに、腹を立てていたのである。 

このままでは日本の武道が無くなる。 
フランスに留まってでも真の柔道を広め続けなければいけない。 
たとえ自分一人になっても。 
道上はフランスに留まらざるを得なくなった。 
道上はアナクロ二ズムとも思えるほどに、「一廉(ひとかど)の人物」にこだわった。
一廉の人物になるまでは、故郷の土は踏むまい、家族にも会うまい、そう考えて異国の地で耐え、努力したのだった。 

それはまるで八幡浜からアメリカ西海岸にわたった、西井久八をはじめとする多くの移民たちの 心情が乗り移ったかのようだった。 

次回は「父 安太郎の死」 


     
【 道上 雄峰 】
幼年時代フランス・ボルドーで育つ。 
当時日本のワインが余りにもコストパフォーマンスが悪く憤りを感じ、自身での輸入販売を開始。

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