イランは何処へ行く
ー イランに体制転換は起こるのか? ー
2026.3.25.
位野花 靖雄
2月28日米国とイスラエルによるイラン攻撃が始まり一か月近く経過しましたが、紛争終結への出口が見えない緊迫した状況が続いています。
攻撃開始時、トランプ米大統領は作戦目的はイランの体制転換だとしていましたが、その後二転三転の場当たり的説明が続き、イラン側も徹底抗戦を宣言しており、パキスタンを仲介役とした停戦への協議の動きが伝えられているが、早期の事態鎮静化は期待できそうにもありません。
米国の中東政策
トランプ大統領のイラン軍事作戦は場当たりだとされていますが、場当たり的な米国の中東政策はトランプ大統領に始まったのではありません。
2003年、ブッシュ米大統領はイラクのフセイン大統領が大量破壊兵器を保有しているとして、イラクへの軍事侵攻に踏み切りました。しかし、イラクが大量破壊兵器を保有していないことが明らかになると、フセイン独裁体制を倒したことでイラクに民主化への道が切り開らかれたとして、イラクへの軍事侵攻を正当化しました。
しかし、その後のイラクはどうなったでしょうか?イラクに民主化が実現したのでしょうか? フセイン独裁政権のタガが外れたイラクは、宗派対立と過激派の跋扈で大混乱に陥り、その影響はシリア、レバノン・リビア・・・中東各地に波及することになったことは私達の記憶に新しいところです。
米国は中東の民主化を推進するため「民主化イニシアティブ」政策を打ち上げ、民主化のための資金援助を行ってきましたが、民主化を促進しようと活動している現地の勢力・グループが援助の対象にされることはありませんでした。何故なのでしょうか?
中東諸国は権威主義国家*・独裁国家が多く、民主化**への動きを支援することは支配体制に批判的な組織・グループを力づけ、現支配体制を弱体化させ崩壊させることにもなりかねません。
権威主義・独裁支配体制国家と密接に結びついてきた米国としては、支配体制を崩そうとする民主化活動グループに手を貸すことはできません。民主化促進を唱えながら、民主化に消極的な権威主義国家体制を支援・関係強化するという二律背反な状況にあります。
*権威主義国家とは:
政治権力が一部の指導者や政党・軍部に集中し、自由で公正な選挙や野党の活動が
厳しく制限される非民主的な政治体制。
**民主化とは:
一部の権力者(独裁者・王など)が支配していた政治体制を国民全員が主役となって
意見を反映できる体制へ変えていくこと。
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中東的民主化
中東諸国に独自の民主化への風土・動きがなかったのかといえば、そうではありません。
部族社会の中東では、部族長などのリーダーを選ぶ場合、指導力・知力などの一定のメルクマールに基づき候補者を選び、関係者が参加する集会で合議で決められてきました。選挙(Election)ではありませんが、選抜(Selection)という形で行われてきたのです。
アラビア半島では、為政者が住民の訴え・陳情・苦情を受け入れ対応するシステム(マジュリス)が古くからあり、為政者が支配地域を定期的に巡回し、住民の希望・陳情を聞き、それを具現化することも行われてきました。
西側(米国)のスタンダードから見ると民主主義とは程遠いかもしれないが、それなりに中東スタイルで行われてきたのです。中東の人々は急激な民主化で日々の生活が不安定になるよりも、ゆっくりだが混乱のない形でマイペースの近代化・民主化が進むことを望んできたのだといえます。「自由・解放・民主化」のスローガンで行われた米国の中東政策で、イラク・アフガニスタンがどの様な結果になったのか、中東の人々はその地獄絵図を目の当たりにしてきました。
忘れてはならないのは、地域・宗派に関係なく多くのイスラーム教徒が、西洋化・民主化することでイスラームが壊され傷つくのではないかとの懸念を持ち警戒していることです。イスラーム*は、政治・軍事・経済・文化・日常生活、すべてをカバーするもので,イスラームはイスラム教徒にとり日々の営みの基軸なのです。
*「なぜ中東はわかりづらいのか」3月2日号
殉教の教義:イスラム・シアー派
米・イスラエルの攻撃で最高指導者であったハメネイ師が死亡。後任として最高指導者に選出されたモジタバ・ハメネイ師は ”我々は殉教*した者たちの復讐をためらうことはない”との声明を出し、米・イスラエルと徹底抗戦することを宣言しました。現イスラム体制に反対する動きも見られたが、今回の米国の攻撃で一挙に団結を深める事になったといえます。
*殉教:聖戦(ジハード)のために戦って死を選ぶこと。殉教者は、罪と罰を
免じられ、復活を待たずに天国に入ることになっている。シアー派では「殉教は
神の恩寵」とされ、信仰のために命を捨てることの大切さが説かれている。
殉教者となった者は、特別の墓地に埋葬される。
イランーイラク戦争では、殉教志願の多数のイラン少年兵が「天国への鍵」を首にかけ、イラクが敷設した地雷原に身を投げ出し、イランの劣勢を取り戻しました。
今回紛争では、イラン南部の女子小学校への米軍の誤爆で170名以上の女子小学生が犠牲となったが、モジタバ師は「児童の殉教」に復讐するとの声明を出しています。
殉教はシアー派の人々に宗教への結びつきを覚醒させるインパクトのある言葉です。
聖職者・革命防衛隊兵士の捨て身にも映る行動には、このシアー派特有の殉教思想が背景にあります。
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イランは何処に行く
イランの人口の97%を占めるイスラム・シアー派だから、 多民族国家・広大な国土のイランを一つに纏めることが出来てきたといえます。
このイスラム体制を守護するために誕生したのが「イスラム革命防衛隊」です。最高指導者直属の組織で、 陸・海・空軍からなり、イスラム革命・体制を守ることを目的としています。イスラム体制維持のためには命を捨てることをためらわない精鋭軍事組織。約20万人の陣容。
イスラム体制を転覆するには、イラン全土に展開しているこの革命防衛隊を壊滅させる必要があります。そのためには、大規模な地上部隊投入が必要であり、長期にわたりイラン全土で戦火を交える覚悟が必要です。莫大な戦費と多数の米兵士の犠牲が予期されるだけに、さすがのトランプ大統領もここまでは踏み込めないのではないでしょうか。
トランプ大統領としては、米国に盾突かず・敵対しない政権なら、当初掲げたイスラム体制転換(レジーム・チェンジ)でなく、体制内での指導者の交代(リーダー・チェンジ)で幕引きせざるを得ないのではないかと思いますが、核/弾道ミサイル開発放棄・テロ組織支援停止などトランプ政権が求めている和平条件は現イラン政権にとっては高いハードルです。ここ数日、ガリバフ国会議長の名前が取りざたされていますが、政権中枢・革命防衛隊を纏め上げることができる後継者は誰なのか、注目されます。
もしイスラム体制転換が起こると、どうなるのでしょうか・・
イスラム・シアー派という求心力を失ったイランは、四分五裂し混迷するでしょう。イラン国外では、イラク南部石油地帯・バハレーン・サウジ東部油田地帯に居住するシアー派の人々が蜂起し、アラビア半島を巻き込み中東全体が不安定で非常に混乱した状況に陥ることが想起されます。
イスラエルだけが安定を確保し、中東地域の覇者としてほくそ笑むことになるのではないでしょうか・・・・イスラエル政権がそこを目指していることは間違いないでしょう
。
ー参考資料ー
イラン概要:
・人口 9000万人。
・国土面積 日本の4.4倍。
・多民族国家。ペルシャ人は人口の約半分。
・言語はペルシャ語*。
・全人口の97%がシアー派**イスラーム教徒。
・石油確認埋蔵量 世界4位。天然ガス確認埋蔵量 世界2位。
*文字をアラビア語から借入しているため、アラビア語の同じ語族と
思われ勝ちだが、英語と同じインド・ヨーロッパ語族。
**世界のイスラーム教徒に占めるシアー派は約10%。
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