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第34回
異常気象の行方:地球は氷河期に再突入するのか?(後編)
浜田和幸
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こうした事態を受け、我が国の国立天文台でも緊急の検討会を開くことになった。これまで地球温暖化の危機が叫ばれてきたにも拘わらず、なぜ突然のごとく氷河期の再来といった全く逆の気象変化が議論されるようになったのであろうか。
理由は極めて単純明快である。現在の地球は赤道付近の低緯度の地域で温められた海水が地球の自転によって発生する巨大な潮流に乗って高緯度地帯に熱を運んでいる。そして北極や南極といった高緯度地帯で熱を放出した後、冷却して比重が増した海水は海底へ沈みこみ、再び低緯度の地域に向かって流れ始めるのである。こうしたメカニズムで海水は熱を低緯度から高緯度へ、そして再び低緯度へと循環させる役割を担ってきた。
ところが、地球温暖化により極地の氷が次々と氷解し、海に流れ出すことによって、大量の真水が発生するようになった。この真水によって低緯度地帯から流れてきた海水が薄められ、比重が低下するのである。そうすると、海底に沈みこむ力が失われてしまう。実際、北極の氷は1970年頃から、10年ごとに3ないし4%も溶け出している。
具体的にはノルウェーの近海では冷たく高密度の海流が1950年以来、少なくとも20%は減少しており、海流が弱くなっているという。このような現象が各地で発生するようになれば、海流の循環がストップしてしまう。要は極地を温める要因が取り除かれることになるわけで、地球の冷却化が加速するという現象が起こりうるのである。
こうして、北極や南極の氷床が拡大を続ければ、太陽光を反射するため地球は一気に寒冷化に向けたサイクルに再突入することになる。10年ほど前に日本でも公開されたアメリカの映画「The Day After Tomorrow」で描かれた、突然の気候変動が現実のものになる可能性は否定できない。
実はこの映画は全くのフィクションというものではなく、アメリカ国防総省がまとめた「急激な環境変動のシナリオとアメリカの国家的安全保障への影響」と題するレポートを下敷きにしていた。実際にこの未来予測のレポートをまとめたのはカリフォルニアに本社を構えるグローバル・ビジネス・ネットワーク社であった。
同社の社長のピーター・シュワルツ氏は拙著『未来ビジネスを読む』(光文社ペーパーバックス)でも紹介したロイヤル・ダッチ・シェル出身の未来研究者である。CIAの顧問も務め、アメリカの長期戦略に大きな影響力を有している人物である。
大方の認識や予想を覆す未来シナリオであったため、国防総省ではこのレポートの内容を極秘扱いにしていた。ところが、2004年、イギリスの「オブザーバー紙」がすっぱ抜いたため、そのレポートの存在と衝撃的な内容が一部公になったわけである。
これにヒントを得て、ハリウッドでは映画化に踏み切ったと言われている。この映画ではわずか数日間で氷河期に突入したため、アメリカはじめ高緯度地帯の国々ではその対応が間に合わず、多くの人々がパニック状態に陥る姿が描き出されていた。
しかし、実際のペンタゴン・レポートでは氷河期への移行には10年前後の時間がかかると分析されていた。もちろん、最初は通常の異常気象として始まり、徐々に加速し最終的には急激な気候変動が地球全体を覆うというのがそのシナリオであった。いずれにせよ、温暖化から氷河期へという180度の大転換が生じることになれば、我々の日常生活や経済活動も瞬く間に悲惨な状況に追い込まれることは間違いないだろう。
また、現在アメリカやヨーロッパに設置された温室効果ガスの排出権取引市場などもその機能が失われることは火を見るより明らかである。地球温暖化という避けられないシナリオを既定路線として受け入れてしまえば、突然の気候変動に対して、小回りの利く対応はできそうにない。
未来予測の最も重要な点はあらゆる可能性を念頭に置き、最悪の事態に対する備えを怠らないことである。その観点からすれば、世界の多くの国民が地球温暖化の影におびえ、その対策としての「緑のニューディール」をはじめとするアメリカ主導の環境ビジネスに飲み込まれてしまうような状況はかえってリスクを背負い込むことになるのではなかろうか。冷静な判断とともに、地球環境に対する長期的な理解を深める必要があるだろう。
日本にとっても決して他人ごとではあり得ない。なぜなら、海流の変化は海洋生態系の変化をもたらすからである。その結果、漁業への影響は計り知れないものがありそうだ。というのも、プランクトンの育成が阻害されることになるからである。世界的なプランクトンの減少がもたらす魚介類への悪影響は我々の食生活を直撃することになるだろう。
地球が温暖化するにせよ、冷却化するにせよ、日常的にあらゆる可能性を念頭に置き、我々自身のライフスタイルをも常に見直すという発想の転換が必要とされる。そんな時代に我々は生きていることを自然が教えてくれているようだ。