第70回
日本の未来を開く科学技術イノベーション戦略:米中に勝てるか(後編)
浜田和幸
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既に、「ニオイ」に関してはアメリカや韓国においては商標の対象になっている。ヨーロッパにおいても、同様の動きが見られる。
人間の嗅覚には、まだまだ開発の可能性が秘められていると思われる。
というのは、人類には本来、一万種類以上のニオイを嗅ぎ分ける能力が備わっているはずだからである。しかし、文明の進化とともに、本来、人間が持っていた野生動物としての嗅覚は徐々に退化してしまい、現代人にはそれだけ多様なニオイを嗅ぎ分ける能力は残っていない。
とはいえ、わが国には古来より、香道という香りの違いを嗅ぎ分けて楽しむという伝統的な文化が存在している。そうした観点からすれば、いま世界的な潮流になりつつある「ニオイの商標化」という動きに対して、日本としての独自のアプローチが可能ではないかと期待が高まる所以であろう。日本人は、世界に冠たる健康長寿国を標榜しているが、その源とも言われる食生活一つをとっても、このニオイ成分を活用することで、一層のバージョンアップが可能になると思われる。
なぜなら、人間の細胞を活性化するという観点で、医療や健康、病気の予防にとっても嗅覚を通じたニオイ成分をどのように活かすか、ということは古くて新しい研究テーマだとみなされているからである。単に安心・安全な、そして四季折々の自然からの恵みを食として体内に取り入れるだけでなく、日本が世界に先駆けてこうした香り成分、言い換えれば香りのエッセンスを細胞の活性化に結びつけることで、新たな産業が生まれる可能性があるわけだ。
そうなれば、こうした香りのエッセンスを特許、或いは商標化していくということも日本らしい特許戦略の一翼を担うものに進化するだろう。
更には、世界的な商標法を取り巻く動きの中では、色や音や香りに加え、動きとかホログラムなども保護対象に加えようとする動きもあり、注目に値する。感触や味、トレードドレスも商標になりつつある。まさに地殻変動の時代といえよう。
アメリカではマサチューセッツ工科大学とハーバード大学が共同で人体の健康をリアルタイムでモニターできるタトゥーシールを開発した。人気のタトゥーの色が変化することで、血圧やphのレベルを知らせてくれるという。内臓の機能を皮膚の上に張ったタトゥーの色で表現するという新たなアイディアだ。
商標登録をしようとする者にとっては、こうした新たな商標の内容や権利の範囲といったものをきちんと把握、認識しておく必要があろう。その意味でも、新しい商標の登録出願に際しては、その中身を明確化することやホームページ等で容易に新商品に関する出願や登録の状況が確認できるような仕組みが求められている。
こうした新たな動きを踏まえた上で、今後は地方の経済活性化にとって弁理士の果たす役割が増大すると思われる。
地方のブランド化を進める上においても、全国に一万人以上の会員を要する弁理士会の関与というものが益々求められる。
既に地方における新たなサービスや商品、特に最近話題の「ゆるキャラ」等に関しては、その商標登録等に際して無料で事前の相談に応じてくれる弁理士会の方々の存在が高く評価されている。
今後とも、地域経済の振興にとって、弁理士会の果たす役割が重要度を増すと思われる。当面は、無料でのサービスが提供されることになってはいるが、こうした専門的なアドバイスに対しては、いつまでも無償ということにはならないだろう。知的総合支援窓口が全国に設置されているが、こうしたサービスによって地域の新たな産業の発展が確実なものになっていけば、経済的恩恵も地域で感じ取れるようになるわけで、そうした暁においては、しかるべくサービスの対価も支払われる仕組みに制度設計を変更させていくことが必要になってくるはずだ。
と同時に、海外に広がる日本商品の模造品や海賊版対策も欠かせない。平気で偽物を市場に投入する動きは、明らかな知的財産権の侵害であり、商標権を冒涜するものであるため、政府としても毅然とした態度で臨む必要があるだろう。
ジェトロ(日本貿易振興機構)の海外事務所においては日系企業向けの模倣品対策の相談窓口が設置され、わが国の中小企業等が外国での模倣品被害を受けたときに、それを支援する動きを強化している。ただ、現実には“イタチごっこ”の状況が続いており、わが国の知的財産が保護されないままの状況が続いている。
この分野では、ACTA(偽造品の取引防止に関する協定)にわが国はアメリカやEU諸国とともに参加し、実効性の高い知的財産保護の取り組みを目指してはいる。とはいえ、模倣品や海賊版の貿易被害は年々拡大する一方で、正規品の世界貿易額の2%以上がこうした模倣品によって取引されているという現実がある。日本企業にとっては大変な経済的損失となっている。
わが国とすれば欧米諸国と連携を深め、中国をはじめとする模造品大国に対する国際ルールを当てはめる動きを強化しなければならない。とはいえ、模倣大国から脱皮し、新たなニュービジネス大国への道を歩み始めているのが、今の中国である。日本以上に世界に目を向け、海外留学生の数や多国籍企業で働くエンジニアの数では既に日本を圧倒している。
日本も科学技術立国というスローガンに胡坐をかいていては、厳しさを増す一方の国際競争の現場から取り残されることになりかねない。世界に目を向けた人材育成の新機軸が求められる。
次号「第71回」(7月7日発行)もどうぞお楽しみに!
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