2022年9月18日
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グローバル・アラート
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「エナジー・ジオポリティクス」
代表 澁谷祐
ウラン禁輸が困難なわけ
—カザフスタンの「鷹の眼」戦略—
○「エネルギー武器論」;石油・ガスより強いウラン
EUの欧州委員会は、ロシア産の石炭(2022年8月)、原油(2022年12月)、石油製品(2023年2月)と天然ガス(遅くも2027年までに)を対象に、それぞれ禁輸・制裁の開始を発表した。ロシアのウクライナ侵攻に対するエネルギー禁輸・制裁スキームの実施時期は混然としてきた。
残るは大本命のウラン(原子力平和目的)をいつ制裁対象にするかであるが、米欧はまだ迷い、決まらない。ウクライナ戦況が不透明のなか、ウラン価格も高騰し欧州の電力危機は深刻化している。
米エネルギー情報局(EIA)によると、米国は2020年に必要なウランの約46%をロシアと、ロシアとの関係が深いカザフスタンやウズベキスタンから調達した。またロシアは世界のウラン濃縮で約35%の市場シェアを握る。
米国のジョン・バラッソ上院議員(共和)は、3月外国産ウランへの依存は「断じて許容できない」として、ロシアからの輸入を禁止する法案を提出した。しかし米電力業界は反対し、ロシアに制裁を加えないようバイデン政権に迫っている。
ウランは「エネルギーの最強の武器」になったか!?
○原発復活劇とEU・米のジレンマ
米エネルギー情報局(EIA)によると、米国は2020年に必要なウランの約46%をロシアと、ロシアとの関係が深い中央アジアのカザフスタンやウズベキスタンから調達した。
米国のジョン・バラッソ上院議員(共和党)は、外国産ウランへの依存は「断じて許容できない」として、ロシアからの輸入を禁止する法案を提出した(3月)。しかし米電力業界が国内の原子炉燃料を供給することに大きく依存しているロシア産に制裁を加えないようバイデン政権に迫った。
米国のロシア産ウランへの依存度は、国内原子炉の必要量の2割程度に抑えるよう上限が定められている。とはいえ、ウラン禁輸の場合、調達ルートの調整には数年かかる見通しで、ロシアに代わって迅速に穴埋めできる国はない。
欧米諸国が「ロシアからの供給をすべて代替するには、他国の供給を1万トン増やす必要がある。これはカザフスタンの年間生産量の半分に相当する」(NHK解説)。
濃縮ウランの半分はロシア産である。発電用の燃料をガスからウランに切り替えてもロシア依存は結局変わらない。米欧は燃料となるウランの2割をロシアに依存する計算である。
EU委員会は電力・エネルギー危機回避のため急遽原発復帰を決めたのは、ロシア産ウランを制裁の対象にしないと認めたに等しい。
○カザフスタンは「脱ロシア」ルートを模索
カザフスタンはロシアに次ぐ世界第2位のウラン生産国であるが、大半は輸出向けで、ロシアのサンクトペテルブルク港まで内陸輸送し、そこから米国・カナダや欧州各国に船舶で輸送される。
カザフスタンの世界最大のウラン生産会社で国営企業「カザトムプロム」の経営トップは「ロシア産ウラン禁輸の事態が発生すれば影響は避けられず、二次制裁の適用といった間接的な効果も排除されない」と憂慮している。
サンクトペテルブルク港は年間を通して合計1,200個のコンテナ(ウラン)を出荷可能で、平時最も安定かつ経済合理的なルートである。
ロシア原子力公社「ロスアトム」が制裁対象になった場合を想定して、カザフも二次制裁の適用のシナリオを準備している。
まず、カスピ海のカザフスタンの港であるアクタウまで、鉄道車両を積み込むフェリーを使い、その後、海路でアゼルバイジャンの首都バクーに向かい、バクーで降ろされてから、鉄道輸送に替えて、黒海のグルジアの港であるポティに輸送し、さらにそこから黒海・ボスポラス海峡を航海して地中海に出て、米国やカナダにコンテナ輸送するという複雑な長距離ルートである。
途中のアゼルバイジャンはアルメニアとの武力衝突が勃発しているため地中海へ向けて陸上輸送は困難であるが、カスピ海横断国際輸送ルート(TITR)は条約上、影響を受けない。最後の選択肢は、ウランを航空輸送するオプションも検討中であるという。
さらに、トルコから承認を得ることができれば、グルジアからトルコまでの鉄道を利用するオプションも検討中である。トルコの原子力発電所を建設計画にマッチングさせる方法である。ボスポラス海峡を通過する必要はないので安全性は高い。
○中国国境に最大規模の貯蔵センター
カザフスタン産ウランの搬送のため、中国国家ウラン公司(CNUC)が運営する中国国境のアラシャンコウ(阿拉山口)保税倉庫を拡張する計画が進んでいる。
アラシャンコウのウラン貨物の取扱量は世界最大である。中国企業は、3,500-4,000トンの貯蔵(第一段階)を完了し、来年の第2段階は1万3000トンの規模に増加する見込みである(米情報誌「エネルギー・インテリジェンス・ウイークリー」2022年9月16日)。
○習氏に「金鷹勲章」を授与
カザフスタンのカシム・トカエフ大統領は、ウクライナ戦争では、ロシア支持をなかば公然と拒否した上、5月9日のソ連戦勝記念日のパレードをキャンセルした。軍事的なロシア支援強化を要求する国内勢力を力で抑制している。
カザフスタンはロシアの友好国であるが、同時に、西側とも全方位的な外交を展開し、大手ウランなど外資企業も参加進出している。米・EUはカザフスタンを非友好国とみなしていない。
他方、習近平国家主席は、14日新型コロナウイルスの流行が本格化した2020年1月以降初めての外遊で、カザフスタンを訪問した。トカエフ大統領からカザフスタンでは最高の栄誉である「金鷹勲章」が授与された。プーチン大統領はまだ貰っていないはずだ。
「ウランカード」を持つカザフスタンのプレゼンスはかってなく高まっているが、トカエフ氏のセンシティブで鋭い「鷹の眼」戦略が試される。■
<編集・発行>
独立コンサルタント「エナジー・ジオポリティクス」
代表 澁谷祐