2023年8月13日
話のタネ ー 猛暑対策
元国連事務次長・赤坂清隆
前略、
暑い毎日ですね。うだるような暑さというのでしょうか。
もう、東京や埼玉の日中の気温が40度に達しても、誰も驚かないでしょう。
この暑さは、日本だけではありません。アメリカ西部アリゾナ州フェニックスでは、連日40度を超える猛暑日が続いており、
8月5日前後では、45,46度の気温となっています。
また、イラン政府は、8月1日、猛暑のために全土の公務員と銀行員を対象に、二日間を休日にすると発表しました。
これは、イランの多くの都市で気温が40度を超え、
南西部では50度前後まで上昇すると予測されたからです。
インドの猛暑もよく知られていますが、今年6月、北部と東部に
45度にも達する猛烈な熱波が遅い、100人以上が死亡したと報道されました。
この暑さが地球温暖化のなせるわざというのは、トランプ米国元大統領などの少数を除けば、もはや世界中で共通の理解だといってよいでしょう。
1997年の地球温暖化防止のための京都会議の際に、日本側代表団の中では、グローバル・ウォーミングを「地球温暖化」と訳すのは、生ぬるすぎて緊迫感に欠けるので、もっとパンチのきいた良い訳にすべきではないかという議論をしたこともありました。
しかし、時すでに遅し、「地球温暖化」というのがメディアでも
広く使われていましたので、そのまま定着しました。
最近、グテレス国連事務総長は、今年7月が観測史上最も暑い月になることから、「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代に入った]」(”The era of global warming has ended. The era of global boiling has arrived”) と述べて、再生エネルギー導入目標の引き上げなど、対策の強化を呼びかけました。これからは、「地球温暖化」でなくて、「地球沸騰化」と呼ぼうというのでしょうか。
京都会議から26年もたつのに、事態は悪化する一方です。
2015年に合意された気候変動に関する「パリ協定」では、世界全体の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低くし、さらに、1,5度に抑える努力を行うことが決められました。しかし、その目標も、実現が危ぶまれるに至っています。
京都会議の時は、「地球温暖化」という言葉を使ったのですが、
その後、温暖化の影響も含む「気候変動」という言葉を使うのが
主流になりました。そして、最近に至るまで、地球の温度が沸騰して大変な事態になるとの切迫感は、この問題に必死で取り組んでおられるNGOの方々などを除けば、一般的にかなり薄れた感じがします。この点、特に米国共和党、特にトランプ元大統領の罪は重いものがあります。
これまでの気候変動に関する議論では、温暖化の影響として、
氷河の融解、海面水位の上昇、狂暴化する台風やハリケーン、
洪水、干ばつ、山火事、マラリアなどの伝染病の蔓延などが主に取り上げられてきました。2022年に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書では、気候変動は、すでに自然と人間に対して広範囲にわたる悪影響と損害を及ぼしているとして、
生態系に及ぼしている影響や、水不足と食料生産への悪影響、健康と福祉への悪影響、都市やインフラへの悪影響(洪水、暴風雨など)をくわしく挙げています。
最近、「はてな?」と気がついたことがあります。
それは、これまで、気候変動の影響として起きる海面上昇などの様々な現象は、太平洋諸国の島国の存亡にかかわるなどと、
国際会議でも、メディアでもひんぱんに取り上げられてきているのですが、こと「猛暑」や「熱波」となると、それが人々に与える
実害については、正面から取り上げられることが少なかったのではないかという点です。
確かに、熱中症の危険は取りざたされてはきましたが、だからどうしたらよいのかという対策論については、具体性に欠けていた気がします。
NHKの天気予報でも、「熱中症の危険度」はカラフルな色を使って示されますが、その対策としては、屋外での運動などを制限するとか、水分補給を絶やさないこととか、ありきたりのアドバイスにとどまっている気がします。
気象庁も、「命にかかわる危険な暑さ」といったおどろおどろしい表現を使うようになったのは、ごく最近のことと思われます。
それは多分、日本を含む先進国の人々にとっては、「猛暑問題」はこれまでのところ、夏の一時期の、まだ耐えられる比較的小さな
問題に過ぎないと見なされていたからではないでしょうか。
なるほど、2003年のフランスのカニキュルと呼ばれた灼熱の熱波では、約1万5千人(ほとんどが高齢者)が亡くなったと言われています。しかし、それと同様に多数の人が死亡する極度の熱波は、その後フランスには襲ってきていません。
インドや中近東では、何人もが猛暑で亡くなっているといっても、わたしたちにはこれまでのところ、対岸の火事でしかありませんでした。「のど元過ぎれば熱さ忘れる」のことわざ通り、秋、冬になれば、「猛暑問題」は、夏の夜の夢よろしく、過去の一過性の事案にすぎなくなってしまっていました。
気候変動に対処するには、問題の発生を止めようとする緩和策(ミテイゲーション)と、すでに起きている問題に対処する適応策(アダプテーション)の二つが大事です。風呂場から水があふれ出ているときには、蛇口をしめるのと、あふれ出た水を掃きだすという二つの対策が必要というたとえが良く使われます。
国際的な気候変動に関する議論は、先進国では緩和策が優先事項になるのに対し、その影響をすでに被っている途上国では、
むしろ適応策の方が緊急の課題です。
そのために2009年、先進国は途上国からの強い要求を受けて、途上国が気候変動に適応できるよう、
2020年までに年間1,000億ドルという巨大な資金を提供するという約束を行いました。
OECD(経済協力開発機構)の分析では、2020年には、
1,000億ドルには届きませんでしたが、833億ドルが提供されています。
日本では、適応策については、これまで、豪雨、台風、高波、
洪水、土砂災害などへの予防策や高温耐性の農作物の開発・普及、ハザードマップの作成などが主たる議論になってきました。
2018年に制定された気候変動適応法では、政府や地方公共団体による様々な適応策の強化が盛り込まれ、熱中症や感染症への対策も含まれています。
しかし、最近のように、こんなに猛暑が続くとなると、個人レベルでも、熱中症などの猛暑対策について、もっと役に立つ具体策についての情報が必要になってきた気がします。
そして、こういうことになると、元来日本人は大いに知恵を働かせて、様々なことを工夫、発明することに長けていますね。
なにせ、フランスにはビデはあっても、工夫を重ねてウオッシュレットをつくり出したのは日本人なのですから。
電気製品を扱っているBICなどのお店に行くと、入り口に、猛暑対策のヒット商品が並べられています。
ポータブル扇風機もその一つで、街行く人の中にポータブル扇風機を持った人をよく見かけるようになりました。
首掛け扇風機というのもあります。冷感スカーフ、扇風機の入った作業服など、最近たくさんの新商品が出そろうようになりました(扇風機の入った作業服ー空調服が完成されるに至るまでの苦労については、ニッポンドットコムのサイトに関連記事があります(「革新は妄想と好奇心から生まれる!人間の健康と地球環境を救う
『空調服』発明物語」(2022年10月6日付、https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02207/?cx_recs_click=true)
中でも、最近のヒット商品は、首に装着するだけで首元を冷やせるネッククーラーではないでしょうか?
1,000円程度で買えるお安いものから、一万円以上するおしゃれなものまで、たくさんの種類のネッククーラーが売りに出されています。これをつけている若い人、特に女性を、地下鉄内や街中でよく見かけるようになりました。
わたしも関心はあるのですが、今のところは気恥ずかしくて、買うのは来年あたりにしようかと思っているところです。
この殺人的な(ちょっと大げさかもしれませんが)猛暑の中、日傘をさしている女性を見るにつけ、あの傘から水蒸気(ミスト)が噴きだしてきたら随分と涼しくなるだろうなと思って、特許申請でもしようかと真剣に考えた(笑)のですが、ある、ある、すでに商品化されたそのような傘が売りに出されています!秋葉原の家電メーカー、サンコーが、今年の5月に、ミストシャワーと扇風機の機能を備えた日傘「ミストシャワー付ファンブレラ」(価格5,980円)を発売しました。わたしが浅知恵で考えるようなことは、すでにメーカーの人が考えて商品化しているのですね!ご立派!
中国は、紙、火薬、羅針盤などを発明したのに対し、日本もこれまでに、風呂敷、人力車、手裏剣、寒天、カツサンド、缶コーヒー、インスタントラーメン、ウオークマン、カラオケ、電卓、電気炊飯器、オセロ、絵文字など、数々の世の中の役に立つ発明を世に出してきました(手裏剣や寒天がどれほど世のために役に立ったかは分かりませんが)。
頭をひねって工夫を凝らすことに長けた多くの日本人研究者は、
イグ・ノーベル賞の常習の授賞者でもあります。
今後、猛暑は、世界中でますます激化、長期化すると見込まれます。途上国でも、先進国でも、猛暑で亡くなる人の数も増えるでしょう。日本が発明する数々の猛暑対策グッズは、命の危険にさらされる世界の多くの人々を助ける、大変重要な救いの手になると思います。
ひと工夫も、ふた工夫もあるアイデアで、世界に打って出ようではありませんか。(了)