巻頭言
コメの自給を手放してはならない――対米従属の果ての農業と食の危機 安田 節子
日本の食料自給率は1965年に73%あったものが、現在38%と低迷が続いている。人口1億人以上を擁する国で、これほど自給率の低い国はない。だが、政府にこれを向上させ、食料の国内自給を実現させようという意志はあるのか、強い疑問を持っている。
今、農業の衰退に拍車がかかっている。農家数も農業人口もこの50年で5分の1に減少した。農地は最大だった1961(昭和36)年の609万㌶から2019年には439万㌶へと約169万㌶も減少した。このうち水田の減少が大きく、1961年から100万㌶もの減少となっている。農業経営体はすでに100万人を割っている。
2050年には、農家戸数は2023年2月比でなんと8割減少すると予測されている。現在、農家の平均年齢は70歳。あと10年で80歳になり、高齢化で廃業していく。それは村落が消滅することを意味する。このような状況を作り出してきた日本政府は衰退に手をこまねいている。意図的に放置していると思わざるを得ない。
内田樹氏が、過疎地が無住地となることにビジネスチャンスを見出す財界を政府は傍観していると指摘した(農業協同組合新聞8月19日)。だれも住まなくなれば原発を建てようが、放射性廃棄物を持って来ようが、メガソーラーを持って来ようがなんでもできる。そのような見方もあると思う。
そして、コメに危険信号が灯り始めた。コメ農家はこの20年で急減し、100万戸も廃業した(2003~21年)。それによりコメの作付け面積はこの50年で半減している【グラフ】。
今年、コメの不足が騒がれた。単年度の需給調整によるぎりぎりの生産量のため、なにかのきっかけがあればコメ不足に陥る。そして来年以降、生産量が需要量を下回るようになり、コメ不足は顕在化するといわれている。シンクタンクの三菱総合研究所と農水省は、16年後の2040年には156万㌧のコメが不足するという試算も出している。コメという基礎的な食料の持続的な生産と安定供給が脅かされている。
米国余剰穀物のはけ口に 自由貿易協定の下で
日本農業をこのように衰退させた元凶は、アメリカが主導した自由貿易協定にある。ガット・ウルグアイラウンド、WTO、TPPと、強化されてきたアメリカ主導の自由貿易協定のもとで日本は関税撤廃を余儀なくされ、輸入増大によって食料自給率は低下し続けた。
アメリカは日本を余剰穀物のはけ口にした。日本人の食生活をパンや肉食、すなわちアメリカの小麦に依存させ、家畜飼料のトウモロコシを買わせ、食用油の大豆を買わせる形にした。大豆の生産は激減し、自給率は2%まで落ち込んだ。今、わずかに盛り返して6%になっているが、全国津々浦々でつくられていた大豆がそのような惨状に至った。小麦も生産の減少が加速し、自給率は現在15%。国内で流通しているほとんどが輸入小麦という事態だ。
そして、ミニマムアクセスが1993年のガット・ウルグアイラウンドで合意された。関税化と合わせて、輸入量が消費量の3%に達していない農産物(日本の場合はコメ)に「低関税での輸入機会を開いておく」というものだ。「コメを死守せよ」「一粒のコメも入れるな」という農協を中心にした大きな運動によってコメだけは守られていたが、それが対象になったのである。だが、あくまでも「輸入機会を開いておく」というものであり、どこにも「輸入義務」と書いていない。
ところが日本政府は、これは義務であるかのようにいい、マスコミもそのように書いた。現在、日本は77万㌧(消費量の10%以上)のコメを輸入しており、そのうち半分はアメリカから買うという密約がある。同様に乳製品も「輸入機会を開いておく」というカレントアクセスを義務のように扱い、13・7万㌧(生乳換算)も輸入し続けている。
現在、肥料・飼料価格は2倍近く、燃料費は5割高と暴騰する一方で、乳製品は過剰在庫で価格が低迷しているにもかかわらずだ。酪農家の苦境に対して政府が出した政策は「乳牛1頭殺せば15万円払うから、全部で4万頭殺せ」というものだった。現在、酪農家の廃業がコメ農家の廃業を上回る勢いで続出している。
ミニマムアクセス、カレントアクセスの枠を満たしている国は日本だけだ。WTO加盟国の関税割当枠(MA、CA)品目に対する実際の輸入比率は52~55%であり、おおむね半分だ。だが、日本のコメのミニマムアクセスは100%、乳製品はなんと236%と、倍以上も輸入し続けている(WTO資料2022年9月)。
自由貿易で「障壁」とされたのが食品安全規制だ。輸出国は輸入国の基準に合ったものを輸出し、輸入国の基準に違反のものは輸入拒否がルールだった。ところがウルグアイラウンドから農産物が自由貿易対象になり、自由貿易を妨げない食品安全規格を標ぼうする国際規格や米国基準に合わせるハーモナイゼーションがルールとなった。それまで厳しい食品安全基準のある日本だったが、貿易障壁とならないよう規制緩和に励むことになったのだ。
食品添加物の場合、たくさんの食品添加物を認めているアメリカの食品を輸入するため、政府はアメリカとの差1000品目の添加物を次々と許可する作業を進めている。それまでは食品への使用を禁止していた抗生物質(ナイシン、ナタマイシン)を認め、アレルギー懸念のある着色料(コチニール)などもアメリカの要求に負けて認めた。
食べた人の健康影響が懸念され、ほとんどの国が禁止している肥育ホルモン剤や赤身を増やす飼料添加物(塩酸ラクトパミン)を畜産物輸出国アメリカでは使用している。日本は検疫がモニタリング検査に緩和され、尻抜けのため、輸入肉への懸念がある。
検疫検査も貿易障壁だ。1985年の中曽根内閣のとき「市場アクセス改善のためのアクション・プログラム」が発表され、検疫を弱体化させ、迅速化、簡略化が図られ、ほとんどがモニタリング検査になった。
1991年のオレンジ・牛肉の輸入自由化のさいに、米国産柑橘類に日本が禁止するポストハーベスト農薬が使用されていたため、検疫が廃棄したことでアメリカから圧力がかかった。そこで日本政府はポストハーベスト農薬を「食品添加物の保存料」とする方便を使って現在も輸入し続けている。しかも近年ではアメリカから最大残留値が提示されるようになり、日本政府はその最大残留値が収まる値に規制を緩和している。日本はアメリカの植民地といわざるを得ない。
遺伝子組み換えもゲノム編集も 日本人はモルモットではない
もう一つバイオテクノロジー食品の扱いがある。TPP協定に「遺伝子組み換えの新規承認を促進すること」という条項が入った。日本は忠実に、申請を片っ端から認可し、現在、遺伝子組み換えの認可数は世界一となっている。
そして新しく出てきたのがゲノム編集食品だ。2019年、トランプ元大統領が大統領令で「ゲノム編集食品の障壁をなくすこと」を指示した。日本政府はすぐさま、規制なしの方針を発表した。人類がこれまで食べたことのない新しい食品を規制なしとし、表示も安全性評価も不要とし、任意の届け出のみで流通可能としたのだ。食品安全性評価は動物実験が必要だが、ゲノム編集食品は動物に食べさせての実験はなされておらず、いまだ統一された評価法もない。日本人はこの新規のゲノム編集食品のモルモットなのではないかと思わざるを得ない。
アメリカがゲノム編集食品に執着するのはグローバル種子農薬企業の利益のためだ。基本特許のクリスパーキャス9は、コルテバ(デュポン/ダウ)やバイエル/モンサントらが握っている。この基本特許を使って商品化した場合、ライセンス料の支払いが発生するため、商品化されればされるほど、永続的にバイテク企業の懐に入るというわけだ。アメリカではゲノム編集の開発に多額の投資がおこなわれており、現在、目白押しで商品化を待っている。だがアメリカの消費者はゲノム編集を嫌っている。売り先はゲノム編集食品が唯一流通する日本だ。
日本政府が種苗法の改定で農家の自家採種を禁止したのはグローバル種子農薬企業のためだと思う。バイテク企業は「ゲノム編集食品は遺伝子組み換えではない。普通の作物と同じだ」と主張し、規制なしの流通を獲得した。しかし、遺伝子組み換えでないとしたので、農家の自家採種を特許で縛ることができず、タネ取りされてしまう。このジレンマを解決するために農家の自家採種を原則禁止とした「植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV)1991年改訂条約」を盾に、日本政府に種苗法を改定させたと思われる。
安倍元総理が2013年に「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指す」といった。そのもとで米国隷従と企業資本を優遇する政策の推進がおこなわれているわけだ。今いる農家の退場を促し、グローバル種子農薬企業やIT大手企業が提唱する農業モデルとして、AIとセンサーによる自動制御の農業や、ゲノム編集などのフードテックで企業が儲かる農業へと移行しようとしている。
コメの自給も奪う狙い 農業に関する日米対話
私は、TPPで設置された規制改革推進会議は米国企業群の要求受け入れ窓口、すなわち売国窓口だと思っている。ここから次々出された提案によって、農協法や農地法が変えられ、種子法が廃止されて全国の農業試験場が持つ公的種子(コメ、麦、大豆)を民間に払い下げることになった。日本農業を衰退させる悪法が成立したわけだ。
アメリカは1998年から2008年までの14年間、毎年、「年次改革要望書」という広い分野にわたる規制緩和の要求を突きつけてきた。まさに宗主国と植民地の関係をあらわすものだ。民主党の鳩山内閣のときに年次改革要望書の受け入れを廃止したが、それも束の間で、2011年10月に「日米経済調和対話」と看板を付け替えただけで再び規制緩和の要求書が突きつけられるようになった。食品関係では、残留農薬基準の緩和、ポストハーベスト農薬や食品添加物の承認、栄養補助食品の規制緩和などが要求された。
そして、2023年4月、ビルサック米農務長官が来日し、「持続可能な農業に関する日米対話」が設置された。日本農業をターゲットにしたアメリカの直接要求の場だ。
今年2月の会合で出されたのが温室効果ガスの削減の「見える化」だ。「見える化」とは、どれだけ温室効果ガスや農薬、化学肥料を削減したか、削減率を作物に星マークで表示することだ。これの本当の狙いは、水田が温室効果ガスのメタンを発生させるので、メタン削減、すなわち水田を減らさせることにあるのではないか。農政では今、水田を潰して畑に転換することや、中干し期間(イネの成育中に水を抜く期間)を長くするといったことが推進されている。私は、アメリカはコメの自給を日本から奪おうとしているのではないかと思う。
食料・農業・農村基本法と同時に、「農業経営基盤強化促進法」「食料供給困難事態対策法」の二つが国会で成立した。農業経営基盤強化促進法は一八条で、「一〇年先の集落の農地をだれが耕すか決める計画を地域で来年三月までに策定すること」としている。今70歳の人は10年後は80歳だ。つまり、高齢農家に引導を渡し、農地の集約をはかり、大規模企業農業のための地ならしをすることになる。
そして食料供給困難事態対策法では、有事に農家はコメ、麦、大豆、イモをつくれといい、違反には罰金を科すといっている。政府は農業の劣化で不測の事態が起こることを想定している。その場合は強権発動でしのげばいいと考えているということだ。
政府の農業衰退の放置はアメリカ戦略の追随ではないだろうか。アメリカは日本を完全隷属させるために食料(コメ)自給ができない国にするという外交戦略を持つ。農業衰退は日本政府がアメリカに売国的隷従をしてきた結果と思う。アメリカ主導の自由貿易というくびきによってアグリビジネスの餌食にされ、農業の衰退を招き、食料や種の自給を奪われ、国民の健康と命を差し出している。日本は盲目的な米国隷従で食料自給の責務を投げ捨てた植民地なのだ。農業衰退の果てに日本人が飢えに直面する可能性が現実味を帯びている。
食料自給こそが独立国の証であり、安全保障の礎だ。コメの自給を決して手放してはならない。
種籾は何年も保存することができる。そして水田は、連作ができ、地下水を涵養し、田んぼダムは水害を減じ、空気を冷やし、多数の生物を養うすばらしい装置だ。先祖が営々と水田を築き、四季おりおりの美しい景観は日本の文化、精神を形作ってきた真髄だと思う。
水田を潰してはならない。コメを守らなければ日本は独立国になることはできない。完全にアメリカに隷属する国になってしまうことを認識していただきたい。
加えて、有機が重要だと考える。日本は単位面積あたり世界一の農薬使用大国だ。世界中が禁止に向かっている神経毒で問題のネオニコチノイド系農薬を逆に規制をゆるめて使用している。水田でも多量に使用され、秋田県で水道水から検出されて問題になった。食品や飲料水から私たちは農薬を体に取り込み続けている。子どもの発達障害も右肩上がりだ。
私は有機自給国にしなければ日本は持たないと思っている。まずは水田の有機化をはかることだ。有機水田の広がりは未来を拓く。同時に有機学校給食を軸にして、地域ごとの有機自給圏を創り出す。それが全国にできれば、日本は有機自給国になれる。絵に描いた餅と思う人もいるかと思うが、決して夢物語ではない。世界の潮流は有機へ向かっている。有機自給国となってアメリカから自立し、真の独立を実現する政治へと転換することが急がれる。 安田 節子 (長周新聞10月11日掲載)