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        第二章  出会い     ⑧ 友人・北村徳夫Ⅳ
        
        「それで、その娘さんは・・・・・」
        「中国名は王麗華(ワンリホウ、姉夫婦につけてもらった名は葉子・・
        ハッパの子と書く」
        「で、葉子さんは。日本に戻ったのか」
        「いや、迷っている。悩みながら、とりあえずまた中国にもどっていった」
        「・・・・そうか」
        グラスに残ったビールを、北村は苦しそうにのどに流しこんだ。
        「彼女は・・・・いや葉子はね、実の両親はもう死んでしまっているけれど、自分を拾い、面倒を見てくれた中国の育ての親、王栄林(ワンルンリン)さん夫妻は健在だから、身の振り方を決めかねているんだ」
        北村は、葉子がいま中国人の育ての親を心底から慕っていること、そして育ての親たちもまた葉子が日本へ戻ってしまうかもしれないことを、とても哀しんでいる、ということを語った。
        「中国の荒れ地の上で、冷たい風に吹かれたまま餓死して当然だった日本人の子を、それは親身になってかばい、育ててくれたと、
        葉子はポロポロと涙をこぼして言っていた。
        日本人だというだけで命もあやうかったときに、必死になって
        葉子をかばってくれた。
        自分たちの食べる物もない状況のなかで、葉子の食い物を何とか
        確保してくれた・・・・葉子もしっかりそれを覚えていてね・・・」
        北村は縞模様のいがいにしゃれたハンカチーフを取り出すと、
        鼻をかんだ。
        「おれは言ってやったんだ。ほんとうの両親はもういない。その分
        中国の父さん母さんをだいじにしてやれって、な」
        北村はじんわり笑顔を作った。
        「中国語で、父親をフーチン、母親をムーチンと言うそうだ」
        北村は飲みかけのビールのグラスを見ている。
        「もう何十年もの間、死んだと思っていた人間にひょっくり
        出会って、あらためて人の情けだの優しさと言うものをしみじみと考えた。しかも、文字どおりの幾山河。はるばると遠い見知らぬ
        中国人たちの心の温かさをな」
        勝もはなをかんだ。
        胸の底にふわっと温かい何かが生まれていた。
        それは確と良く分からないものだが、胸を内側からゆっくりと快く攪拌するものだ。
        それともう一つ、勝はあの、店に来ては細かく、そしてしつこく
        値切っては野菜を買っていく中国人留学生たちの顔を思いだしていた。
        「イガちゃんよ、あんたにからむようなこと言ってすまなかったな。
        イガちゃんだって中国人留学生のことを、そんなに悪しざまに言ったわけではないけれど、つい、こっちの胸に葉子のことがあったもんで・・・・・ごめんな」
        勝は北村が白髪頭を下げたのを機に、冷蔵庫にビールを取りに立った。
        何だか、そのまま座り込んで北村と喋っていると、だらしなく泣けそうな気がしたのだ。
        
        続く
        

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