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        推論、トランプ次期大統領の心象世界

        2024年12月20日

        関西学院大学フェロー

        鷲尾友春

        基本ストーリー):

        2016年の大統領選挙で初当選したトランプは、政治には素人であり、身辺に親しい政治専門家もおらず、為に専門用語とワシントン・コンセンサス的行動が常態化している、不慣れな米国政治の舞台で大いに戸惑い、周囲が自分を操作するのではないかとの疑心暗鬼に苛まれ、それ故、己の考えや体験、感覚だけを頼りに政権運営を心掛けるようになった。だが、その行動や言動の全てが、従来のワシントン・インサイダーのそれとずれていた。結果、彼の第一次政権の内情は混乱と無秩序が常態化したものとなり、ホワイトハウス内の統制は大いに乱れた。

         

        2020年選挙で敗退の後は、それまで周囲にいた側近達が相次いでトランプの元を離れ、そんな落ち目のトランプを、リベラルなマスメディアは数々のエピソードを挙げて、事後的に厳しく批判した。そんな状況は、トランプをして、連邦政府は闇の勢力で支配され、自分を陥れようとしており、マスコミや司法はその手先化しているとの盲信の虜にさせた。

         

        2024年の選挙に再挑戦するに際し、トランプは先ず、“忘れ去られた人々”(重厚長大の従来型製造業従事者達、その大半は非大卒の男性従業員やその家族)という、岩盤支持層を得た。この強固な地盤に、株式資本主義の下、起業や革新的経営で富を築いた金満層(イーロン・マスク等々)の強い支持を組み合わせることにも成功、この異質な層の結合が選挙戦勝利の鍵となった。だが、前者と後者の組み合わせは、謂わば、手品の為せる技。何故、そんな奇跡的なことが出来たのか…。

         

        直近のファイナンシャル・タイムズは以下のように説明する。「米国経済の相対的な強さは刮目に値する…米国経済は、他の高所得国よりも遙かに革新的である…だが、このような驚異的強さを示す国は、他方では、最悪の社会を抱える国でもある…米国の2021年の殺人発生率は人口10万人あたり6.8人で、英国の6倍、日本の30倍…米国の最新の収監率は10万人あたり541人で、英国の139人、ドイツの68人、日本の33人に比べて断トツの高さ…米国の白人妊産婦死亡率は同じく10万人あたり19人で、英国の5.5人、ドイツの3.5人に比べると極めて高い…米国の黒人女性に限ると、妊産婦死亡率は出生数10万人あたり40人にも達する…こうした米国社会内での大きな不平等と低中所得層の大きな不安が、規制緩和と低税率を求める超裕福層との、本来なら有り得ない連携を産み出した。その両者を紡ぎ合わせたのがトランプの現状打破的姿勢で、それが今回の彼の再選の原動力だった…もしこの分析が正しければ、米国の産業構造転換による脱工業化と、それを促進している金融の抑制なき拡大が、トランプ再選という奇跡を成し遂げさせた社会的要因だったということになる…」(FT紙2024年12月4日)

         

        2025年11月の大統領選挙後、12月中旬時点までの動きを見ると、トランプ次期大統領は、これまでの心の鬱憤を晴らすような諸措置を、明白に取り始めている。

        バイデン政権下の連邦政府が果たしてきた、“政治的”とトランプ自身が見做す諸行動への対応措置として、彼同様に批判的な人物を、次々と当該行政行為の担当だった官庁のトップに指名する。

        選挙期間中のトランプ候補の名誉を傷つけたとして訴訟を起こして、ABC ニュース社から1500万ドルの和解金を勝ち取っとる。

        更には、大統領選挙直前にハリス優位を記事にしたアイオワ州のDes Moines Register紙を裁判所に提訴する(Trump Sues The Des Moines Register, Escalating Threats Against the Media; NYT 紙12月17日)等々…。

        つまり、新政権発足を前に、トランプ自身が思い込んでいる、連邦政府やリベラル・メディアの不行跡を、矢継ぎ早に糾弾する措置を執っているわけだ。

        と同時に、第一期政権時の組織管理の苦境を猛省、次期政権の主要ポストには、己の主張や価値観に共鳴し、そうした価値観を支持してきたイデオローグや己の人脈に連なるビジネス界の有力者達を、次々と指名している。トランプにしてみれば、そうした人事こそが、労せずして己の目指す目的に、ホワイトハウス全体を導くであろう、と考えているのだ。

         

        第一次政権下、浴びせられたトランプへの酷評):

        人間の現在の精神状態は、過去の経験のトラウマから生じる。

        そうしたトランプの心象世界に分け入るために、取り敢えずは、2020年選挙後に発売された2冊のトランプ批判本の中から、幾つかのフレーズを書き出してみよう。

         

        先ずは、Michael Wolff著のFire and fury(炎と怒り)の中から…。

        「トランプは、ごくごく基本的なレベルの事実さえ無視する…彼にとって、自分が知っていることだけが事実だ。従って、トランプが知っていることと違う事を進言しても、彼が信じることはない」

        「トランプを相手に、情報を共有するという意味での会話は出来ない。自分が相手に何か求めるときは、意識を集中させて相手の言葉にじっくりと耳を傾けるが、相手が何かを求めるときは、堪えが効かず、直ぐに興味を失ってしまう」

        「トランプは、自分が興味のないことや、自分が深く関わりたくないと思うことに関しては、自分より詳しそうな人間の意見を、『すばらしい』などとの言葉で褒めそやし、その人間にやらせるよう仕向ける」

        「第一次トランプ政権のホワイトハウスには、独特の問題があった。文章を読もうとしない人間、話を聞くにしても自分が知りたい話しにしか耳を傾けない人間に、どのように情報を届けるかという問題だ。裏を返せば、情報をどう伝えれば、トランプが興味をもってくれるかという問題だ」

        「トランプは絶対的指導者を自任しながらも、基本的には融和主義者だ」

        「第一次トランプ政権の戦略担当補佐官だったバノンは、トランプは、(自分の取った行動の結果)これから先に何が起こるか、必ずしも分かっているわけじゃない、と解説した」

        「トランプの欠点の一つに、因果関係をきっちりと把握できないということがある。何か問題が起こっても、必ず新たな出来事でそれを塗り替えてきた。悪いストーリーは、必ず良いストーリーで塗り替えられると…」

         

        次いで、Bob WoodwardのFear, Trump in the white House(恐怖の男)の中から…。

        「感情的になりやすく、気まぐれで予想のつかない指導者」

        「トランプは重大な弱点を隠すため、最大限の攻撃を行なう」

        「トランプに講義をしてはいけない。彼は教授されることを嫌っている」

        「ティラーソン国防長官は言い放った。あの男(トランプ)の話をじっと聞いているのに耐えられない。あの男は、ものすごく知能が低い」

        「国家安全保障会議の席上でのやり取りを、ホワイトハウスの高官は、以下のようにメモっている…【国家安全保障チームのメンバーは、大統領の不安定な性格、問題に対する無知、学習能力の欠如、危険なものの見方に、極度の懸念を抱いている】と…」

        「トランプは一瞬のひらめきで物事をやるのが好きなのだ。その場その場の“勘”で、行動する。事前の準備をやり過ぎると、即興で行動する能力が落ちると思っているのだ」

        「トランプが結論に達している物事については、何を言っても、どういう論拠を示しても、関係がない。彼は、耳を貸さない」

        「トランプとの関係は、近づけば近づくほど遠ざかる」

        「元々は存在していなかったリスクの大きな緊急事態を自ら創り上げ、自分の手札の方が強いと思わせるのは、トランプの得意技」

        「イエスと言う返事を得るために、ノーから始めるのがトランプだ」

        「トランプは言った…。北朝鮮の指導者との関係…、どちらの意志が強いかの競い合いの問題だ…男対男、私対金正恩だよ」、「金正恩はガキ大将だ、気の強い男だよ…そういう連中には、強さを見せつけてやるのが良い…」

        「あるとき、トランプは言った…真の力(の源泉)は(相手に与える)恐怖感だ…」

         

        トランプの自負):

        そんな己への批判に対し、トランプは当然反論するだろう。そんな想定に立って、トランプ自身が自慢している、“己自身の物事への対処法”の一端を、トランプ自伝の中から抜粋してみよう。

        「ニューヨーク・ミリタリー・アカディミーの学生だった頃、自分の攻撃性を建設的に使うことを学んだ。セオドア・デバイアスという教官がいた。彼は元海兵隊の教鞭軍曹で、非常に頑強で荒っぽかった…彼は誰にも口答えさせなかった…まして、恵まれた家庭に育った子供達が生意気な返事をする事など、絶対に許さなかった…私は直ぐに、この男と戦おうとしても無駄だと気付いた…私は頭を使って、この男と巧く付き合うという方法を考えた…彼の権威に敬意を払うが、彼を恐れてはいないということを、それとなく知らせる。この兼ね合いは微妙だった…デバイアスは、相手が弱いと観ると、高飛車に出る傾向があった…一方。こちらも強いが、彼を攻撃するつもりがないことがわかると、対等な男として扱ってくれた」

        「市場に対する勘の働く人と、働かない人がいる…私にもそういう勘がある。私は有名なコンサルティング会社より、むしろ自己流の調査によって、遙かに多くのものを学んできた…私が本気で取り合わない相手は専門家だ…私は常に自分の勘に従う」

        「私の取引のやり方は単純明快だ。狙いを高く定めて、求めるものを手に入れるまで、押しまくる…取引を巧く行なう能力は生まれつきのものだと思う…所謂、天賦の才だ…」

        「私は融通性を持たせることでリスクを少なくする…一つの取引やアプローチに余り固執せず、幾つかの取引を可能性として検討する…一つの取引に臨む場合、これを成功させるための計画を少なくとも五つ六つは用意しておく」

        「良くしてくれた人にはこちらも良くする…言葉だけでなく、実行する」

         

        こうした言葉を読み聞かされると、トランプの性格が、啖呵と度胸に長けた親分肌の餓鬼大将に似ている気も、何となくしてくるというもの。

        当選直後にアルゼンチンの大統領と会談したのも、己と同類の気質(全てを自分の感性に依拠してやって行くというやり方等々)を相手に感じたからであろうし、直近、故安倍総理夫人の昭恵さんをフロリダの自宅に招いて会食したのも、自分が暗殺されかかった経験故に、実際に暗殺されてしまった安倍総理に、共通の親しさを感じ取り、昭恵夫人からのお祝いの申し出もあって、わざわざ自宅に招く親切心を発揮せざるを得なかったのであろうし…。

        ***安倍夫人招待に関しては、「トランプ・石破会談を」という、日本政府の開催可能性打診には肯定的返事をせず、あくまでも私人としての立場ではあるが、トランプが安倍夫人を先ず招いたのは、今後日本には硬質の接し方をするぞ(例えば、日本の国防費を、現在日本が誓約している「2027年迄にGNP比2%にまで引き上げる」では、最早足りない。その比率は今後、NATOが現在検討中の3%にまで引き上げるべしとの、予告的意味も付与されるのでは、との観測もあり得よう…【直近12月20日のFT紙の報道では、トランプ次期大統領はNATOにGNP比3%ではなく、5%まで国防予算を増やせよ、と要求する方針だとか…】。

        実際、昭恵夫人との会食の後、トランプは石破総理との会談実現に含みを残す発言を行い、その後、現実に、トランプ・石破会談実現への流れが出来つつあるようだ。こんな経緯を観ていると、政治とは、“水の自然な流れを生かして、人工造園を造るのに似ている”との感を強くする。一つの出来事が、次の出来事を誘発すると言う意味で…。

         

        トランプとは何者?):

        以上長々と、第一次トランプ政権が陥った混乱やトランプの性格に対する批判、或はその反対に、トランプ自身が如何に自信たっぷりか、或はその人柄を伺わせる、幾つかのエピソードを記述してみた。

        何故、そんな記述を並べたのか…。

        理由は簡単である。

        各種エピソードを読み解き、そうした性癖を持った米国の次期指導者が、今後、課題解決の遂行途上で、どのようなアプローチを採り、結果、どんな問題を惹起してしまうか…。

        或は、数ある国際問題のうち、どれを優先的に取り上げ、どれを副次的なものと捉えているか、その選択はどうしてなのか…。

        更には、そもそも交渉指向の彼が意図的に拡散する言葉を、どの程度迄真に受けるべきなのか等々…。

        それらの諸事を、素人なりに考え、推論を試みるためである。尤も、筆者は、鈍感な感性しか持たぬ、にわか心理研究家。故に、読者諸賢には何処まで我が説、納得して貰えるかは分からないが…。

         

        筆者なりの結論を先に記せば、概ね以下の八点となった。

        第一は、トランプの思考は常に、自らが不利な状態、或は不可避な難問に直面しているとの認識から始まっている。そんな想定の下、敵対者にどうすれば勝てるか…。言換えると、彼は、日本流の、横綱相撲をとれない。例えば、相互主義的貿易論は語れるが、自由貿易を遵守するなどと言った、理念を掲げた政策とは最も遠い指導者である。

         

        こうした思考傾向は、必然的に、第二の特徴に直結する。それは、彼の問題意識が、いずれもミクロの具体的問題に集中(不法移民、不公正な競争に基づく外国品の米国市場席巻、米国のみが犠牲を強いられている現状、台頭する中国にどう対応するか等々)していることで、この点を見る限り、彼なりに、「問題把握は常に自身の身の丈に合った現状認識から」という姿勢を貫いている。つまり、己の感覚で理解出来る範囲での問題発掘であり、問題認識なのだ。

        言換えると、己の眼で問題点を見つけ出し、不利な、或は不条理な状況下、米国はその持てる交渉能力を駆使して、損得勘定の上で、相手側にどう落とし前をつけさせるか…。そんな思考が、トランプ流アプローチだ、ということになるのだろう。

         

        第三は、トランプの頭の中では、個別の、つまりミクロの問題認識はあっても、全体の構造から眺める、マクロの視点が決定的に欠落している。つまり、ゼロ・サム思考から離れられない。言換えると、Meismの権化のようなところがある。「忘れ去られた人々の側に立つ」、「Make America Great Again」、「US versus THEM」等の思考方法は、全てこのミクロの視点からのもの。

        それ故、同一象限上の方程式は解けても、二次元、三次元上の連立方程式は解けない。しかし、筆者のこの断定に対し、「そんなことはない」との彼からの反論を予想すれば、その言い振りは、「だからこそ、今回は、創造的破壊の体現者を多く閣内に取り込んでいるのだ」とでもなろうか…。「だからこそ、ゲームのプレイヤーに、イーロン・マスク等を登用し、以て、通説で凝り固まっている、リベラルな知識専門集団たる、連邦政府の既存官僚機構に対峙させるのだ」と…。

         

        第四は、「言ったことは実行する」(上記トランプ自伝より)との、彼なりの信条を、今はそのまま信じるとして、選挙期間中に為した諸々の公約を、今後どう実現して行くのだろうか…。

        利害の異なる支持層それぞれに、お互い内容の相反する誓約を行なうこと位、選挙の常なのかもしれない。だが、選挙後、いざ、そうした支持層にどう報いるかを考える段になると、それら支持基盤同士の利益相反を露わにさせることなく、その両方の層を今後とも、己の政権への支持者として、繋ぎ止めておくという、前述した“手品のような”技術が必要となる。

        だが、今のトランプ流のような、“押しまくり”一筋の手法で、本当にそんな芸当が出来るものかどうか…。一方への傾斜が目に余れば、他方の不信は募り支持母体から離脱する。そんなケースも十二分にあり得るのではないか…。

        具体的に例示すれば、旧来型製造業従事の、非大卒工場労働者に寄り添う政策と、AIや仮想通貨等を扱う、イーロン・マスクのような金満企業家等へのリップ・サービス、この二つをいつまで両立させ得るのか…。

        或は、バイデン施策の結果だとトランプが批判し続けてきた、これまでのインフレ高騰と、今後のトランプの高関税負荷がもたらすであろう、将来起こりうる物価上昇とを、己の支持基盤たる有権者に、どう違えて説明するのか…。想定される、起こり得る問題(一方を立てれば、他方が立たず、と言った類の)は、それこそ今後、山積して行くことだろう。

        尤も、融通無碍に主張を変えるトランプのこと、仮に将来、インフレが再燃したとしても、恐らくはその原因を他に求め、返す刃で、逆に関税によって中国の経済力は弱まり、米国の職は守られた、などと強弁するに違いないだろうが…。

         

        第五は、上記とも一部重複するが、諸点を解決するには、既存の概念に基づく、既存のやり方ではなく、謂わば、政治分野での革新手法や、従来とは異なる理論的支柱に依拠する様になるだろうこと。

        そういう眼で見ると、トランプは真に今、実際の統治や政策策定過程に、その種の変容を持ち込もうとしているように見える。例えば高率の関税を実施する場合、従来のような自由貿易論が論拠になるのではなく、むしろ重商主義貿易論を導入する等々。

        FT紙(11月39日)が指摘するように、ピーター・ナバロなどのトランプの貿易チームにとっては、貿易とは、自国の国際市場支配力を示す、経済政策上の一つの手段と言う位置付け。つまり、貿易政策は、競争国から生産手段を奪い取り、他国に自国向けの生産必需物資(例えばエネルギー源や先端技術用部品等々)の輸出価格を下げさせるように強いる、そんな役割を担う一種の武器。それは、政治意志を達成するための強制手段なのだと…。

         

        第六は、トランプの性癖からして、常にやり過ぎの危険があること。

        物事には必ず正→反のReactionがある。一方を強く押せば、他方は摩擦の力学で、必ず強く反発するもの。そんなことを考えていると、急に日本の戦国時代の安国寺恵瓊の言葉が閃いた。恵瓊は、毛利家の外交僧として、急台頭してきた織田信長と接触、その感想を毛利三兄弟の内の二人、吉川元春と小早川隆景にこう書き送ったという。「信長は、今は兎もかく将来、“仰向けに高転びする”(単に転ぶだけではなく、はしごを外されて転ぶ)と見える」と…。

         

        第七は、上記六とも関連するが、“自らの銃で己の足下を撃つ愚”をしでかす可能性。

        例えば、トランプ流には敵も多い。必ずしも己の意を汲まない人間に、トランプは威圧を加えがち。そんな場合、人間は感情の持ち主。嫌なことをされたり言われたりすると、口に出した人間、行なった人間への嫌悪感も、その場で噴出するとは限らないが、潜在的には累積するもの。つまり、トランプの潜在敵が、知らないうちに一層増殖している可能性があると…。

        そんな潜在マグマの増大を、トランプはどう防ぐのか…。

        例えば、前述した政権の新人事。トランプは、司法長官、国防長官、厚生労働長官、FBI長官、フランス大使、中東担当特使等々、右派イデオローグや身内などを、そうしたポストに指名し続けている。そして、そうした指名を本心では快く思わない共和党上院議員も決して少なくはない。そんな党内の潜在批判派に、トランプは、威圧、融和、突き放し、或は対立軸の除去等々、状況に応じて、如何様にでも対応するだろうが…。恐らく、それら各々の場面で、観る者が観れば“極めて面白い”、修羅場や正念場が様々に演じられることになるはずだ。

         

        第八は、恐らくこれが世界の国々にとって最も厄介なことだろうが、トランプが好む交渉手法が、実は、世界最大の経済大国、世界最大の軍事大国の指導者しか用いることが出来ない特殊なものだという点。最大の実力を持つ国の指導者であればこそ、その力の行使や不行使をちらつかせ、同盟国や対立する国を威嚇することが出来る。

        米国以外の国の指導者が、仮にそんなことをすれば、それこそ周辺諸国が寄って集って、当該国に逆制裁を掛け得るだろうが、これまで自由主義の盟主を標榜してきた米国相手に、そんな逆制裁を課しうるとは誰も思わない。それ程に、米国の立場はずば抜けていたし、計る尺度にも依ろうが、今でもずば抜けている。

        ***そもそも政治家と経済人とでは、発想方法が180度違うもの。前者は安定を希求するが、後者は発展、延いては創造的破壊を尊重する。だが今の米国の政治指導者は、政治が求めるべき最大目標の“安定”を二次的なものに貶めて、野心的経済人の本性丸出しに、何よりも創造的破壊にひた走ろうとしている。在ってはならないミスマッチが生まれているとしか、表現しようがない。

         

        時間が欲しい…):

        トランプ次期大統領は、時間を惜しんでいる。地震が78才という高齢で、しかも米国の大統領職には、改正憲法の規定で三選がない。

        「だから」というだけの理由だけではあるまいが、2024年の大統領選挙後の僅かな時間を、彼は一時も無駄にはしていない。米国の法律では、「公職に就くもの以外は外交交渉にタッチしてはならない」との規定(Logan Act)があるそうだが、トランプは己が次期大統領である立場を振りかざし、そんなルールなどにはお構いなく、自身が仕掛けようとしている多方面でのDealの下準備に万端怠りがない。

         

        不法移民の大量流入への対処が不十分との理由や(対メキシコ、対カナダ)、Abortionへの対処療法薬として市中に不法に出回っている大量のfentanylが中国から違法に持ち込まれているとの理由(対中国、対カナダ:カナダは、その違法な中国の対米輸出に、自国が経由地となっている現実への対処が不十分)で、これら3カ国からの輸入品全般に、トランプは大幅な関税引き上げを公言、メキシコの大統領やカナダの首相を“早々と”、トランプ流交渉に引き入れようとしている。亦、中国のガードは硬いと観てか、実現しないことを半ば承知で、習近平首相を己の大統領就任式に招待すると呟く等々…。

         

        トランプは、現在勃発中の“Clear and Present Danger”(中東戦争、ウクライナ戦争、米中対立の激化)に対しても、己の再登場自体がもたらす不確実性の増大を、むしろ己の交渉上の立場を強める材料に活用し始めている。

        例えば、中東問題に関してのユーラシア・グループの情報では、イスラエルは、これまでに、ガザ地区での対象とすべき攻撃目標の殆どを破壊済みで、後は人質に取られている一般市民の解放に目処をつければ、一方的にいつでも停戦できる状態になっており、そうした段階のイスラエル・ネタニエフ首相に、トランプは「自分の大統領就任式までに、戦闘行動に一定の切りをつけるのが好ましい」と伝えたという。

        また、同情報によれば、イランが肩入れしていたヒズボラも、イスラエルの攻撃で弱体化しており、背後にいるイラン自身も、最高指導者Khamenei師の高齢(80代半ば)と病気(Prostate Cancer説)によって、指導部内での後継問題が表面化しつつあるとのこと…。要は、米国次期大統領がどんな手を打ってくるか、イランを始め反イスラエルの国々は固唾をのんで、受け身姿勢で見守っているわけだ。

         

        ウクライナ戦争についても、ウクライナ側の劣勢(奪われた領土、武器の不足、兵士の士気低下等々)は明らかになりつつあり、ロシア側も兵士の損傷率が異常に高く、双方からの停戦への欲求は次第に高まっている。休戦交渉に際しては、恐らく朝鮮戦争の休戦スタイルが参考にされるだろうが、問題は、そのための具体的条件。

        ウクライナは将来にわたる安全保障を担保する仕組み(例えば、具体的な日時を期してのNATO加盟の誓約や占領された領土からのロシア軍の撤退等々)を、ロシア側は、既確保済みのウクライナ領のロシアへの編入承認や西側の経済制裁の解除、それにウクライナのNATO加盟には絶対反対等々)を、停戦協定交渉への入り口としており、現状、どう考えても両者が折り合える土壌は未だ出来てはいない。だからこそ、ウクライナや欧州諸国は、トランプ次期政権が、渋るウクライナを無理矢理停戦交渉に引っ張り出す形にならないよう案じていると言う次第。

        つまり、ロシアはトランプの不確実性に賭け、ウクライナは、そんな不確実性故に、トランプ次期政権が、バイデン路線から大きく逸脱してしまうことを心底恐れている。そして、そうした恐れが亦、トランプに取っては、絶好の己の交渉上の強みとなっている。

         

        中国に対しても、自身の大統領就任式への習近平主席の招待案など、前代未聞(外国元首が米国の大統領就任式に招かれた前例はないとのこと)の奇策をアドバルーンで挙げるなど、色々な手を講じようしている模様。

        一方、中国の方も、来たるトランプとの対峙を前に、先ずは足下の経済対策に本格的に力を入れ始めたように見える。

         

        状況を上記のように観れば、皮肉なことに、トランプの、何をするか分からない、交渉好きの指導者と言うイメージが、それぞれの戦闘当事国や紛争の相手方に、必然的にトランプが仕掛けてくるはずの交渉にどう応じるかを、真剣に検討せざるを得ない雰囲気を醸成しているようではないか…。

         

        足下の政治状況;来年にはトリプル・レッド実現とはいうものの…):

        2025年1月、共和党のトランプが大統領に就任する際の連邦議会は、本年11月の選挙結果を受けて、上下両院共に共和党が優位を占める。つまり、所謂トリプル・レッドの政治状況が実現する。だから、トランプにとって、己の政策アジェンダを立法化するのは相対的に容易になるはず…。恐らく、そうしたイメージが一般的だろう。

        だが、現実は必ずしもそうとばかりは言えない。

        トリプル・レッドとはいっても、議会両院の共和党が、決して一枚に纏まれないケースが、今後続出することが想定されるからである。

         

        先ずは上院から観てみよう。新議会の上院の勢力は共和党53名、民主党47名。その差は6名。つまり、計算上では、共和党上院議員3名が造反すれば(棄権ではなく、反対にまわれば)、共和党の賛成票は50に減り、それでもバンス副大統領が一票を投ずれば、過半数(51票)に持ち込める。

        だが、身内からの反対者が、仮に4人以上出てくれば…。

        当該案件の上院通過は難しくなる。仮にそうなった場合、トランプの事だから、わめき散らし、報復を示唆して、裏切り者を威嚇するだろうか、或は逆に、状況対応型のカメレオンのような芝居を容易に演じることの出来るトランプのこと、その実現が難しいとなると、あっさりと当該問題を別の問題にすり替えるだろうか(例えば、上院での人事承認などの場合、当該指名が採択されないとなると、さっさと当該候補を別の候補に切り替えてしまう等々)…。

         

        一方、“トランプと距離を置く”、そんな眼で共和党内を見渡せば、2名の筋金入りの穏健派女史がいる。西のアラスカ州リサ・マコウスキーと、東のメイン州のスーザン・コリンズ。彼女らはいずれも選挙に強い。だから、トランプやマスクの恫喝に対しては、相対的な耐久力を持っている。

        加えて、新議会では共和党上院院内総務を降りるとは言え、党内に猶一定の影響力を残す、長老マコネル等々もいる。

        いずれにせよ、そうした党内事情を考えれば、トランプにとっては計算上、上院共和党内の反対者を“4名以上は出せないという、潜在的な壁”があるわけだ。

        おまけに連邦議会上院には、filibusterの制度もある。反対者が意固地になり、譬え一人になっても反対姿勢を貫こうとする事態が絶対に現出しないとは言い切れない(尤も、高官の承認人事案件では、このfilibusterは使いづらくなってはいるようだが…)。

         

        下院でも、見かけ以上に共和党の優位の度合いが減っている。

        選挙直後の優位差は、共和220名に対し、民主党は215名だった。この5票差自体が、選挙前の共和党の優位差7票(220名対213名:2名は空席)よりも縮小している。そんな処に、トランプが次々と共和党下院議員を閣僚の候補に指名するものだから…。

        指名された2名の下院議員(Elise Stefanik ,Mike Waltz)が議会で承認されて、下院を離籍すれば…(更に、司法長官に指名されたが、女性問題で指名を撤回されたMatt Gaetzも、下院にはもう戻らないと宣言している)。それ故、現状では、来年1月からの下院での共和党優位は僅か2議席(217対215)。こうした状況をNYT紙はMike Johnson’s Newest Headache: the Smallest House Majority in Historyと記述した(2024年12月4日付け)。

        補欠選挙が実施されるまでは数ヶ月以上かかる。それまでは、共和党のジョンソン下院議長は薄氷の多数維持に苦労することになる(仮に補欠選挙が実施されても、民主党議員が誕生してくる可能性だってありうる)。

         

        加えて、現在、二つの新たな問題が下院共和党ジョンソン議長を悩ませ始めている。

        その一は、インディアナ州選出のVictoria Spartz女史が、共和党の籍は保持するが、下院の各種委員会への在籍は拒み、党の運営会合にも出ず、イーロン・マスクの政府効率化委員会と連動する形で、“小さな政府”に向けて、努力を傾注するという姿勢を鮮明にしたこと。仮に、Spartz議員のそんな身勝手が通れば、ジョンソン議長の持ち札(下院での共和党の、対民主党優位差)は僅か一票しかなくなる道理。消息筋は、Spartz議員は、「そんな己の立場を共和党指導部に高く売るつもりなのだ」と憶測するが、果してどうなることやら…。

         

        その二は、共和党ジョンソン議長に頭を抱えさせる、より大きな、且つ、新しいタイプの問題である。それは、イーロン・マスクとトランプ次期大統領の、下院での暫定予算採択審議への介入。

        新年度(9月~翌年8月)に入っても、連邦予算は、毎回の事ながら、未だ採択されていない。だから、政府の財政は暫定“つなぎ予算”【Continuing Resolution】で食いつないで行くしか他はない。その暫定予算採択の期限が12月19日深夜だった。

        その期限切れを前に、下院の共和党ジョンソン議長は、議会指導者の常の仕事として、下院民主党指導部との間での妥協交渉を繰り返し、取り敢えずは来年3月中旬までの“つなぎ予算法案”の形にすることで、内容も大筋で合意に達していた。

        ***米国の連邦議会では、予算は税金を扱う故、国民の生活に直結する問題だとの位置づけで、州代表の上院ではなく、人民代表の下院の先議事項とされている。それ故、(暫定)予算案は、常に下院の発議から始まる。

        そんな状況下、イーロン・マスクが自ら所有するXを媒体に使って、ジョンソン議長が纏め上げた“つなぎ法案”に反対の大声を上げたのである。

        反対の理由は、同法案に、この種の予算手当法案の審議過程の常として、議会有力者のペット・プロジェクトが数多く盛り込まれていたことだった。つまり、その分、予算は不必要に膨らむ。だが、小さな政府実現を使命と考えるマスクにとって、この種の便乗は決して許されるべき事ではない…。

         

        このマスクの反対を、トランプが支持した。(Mr. Musk demanded that Republicans back away from a bipartisan spending deal…He vowed Political retribution against anyone voting for the sprawling bill backed by House Speaker Mike Jonson…By the end of Wednesday, Mr. Trump issued a statement of his own, calling the bill “a betrayal of our country” )

         

        しかし、その後、トランプは態度を変える。

        ジョンソン議長との会談で、新たに己の主張(政府債務の上限規制を、今後2年間は停止する)を、修正“つなぎ”法案に取り入れさせることに成功したからである。

        2年間、債務上限に縛られなければ、トランプは選挙公約の大幅な減税や“忘れ去られた人々”を支援するための、予算支出を増やすことが出来る。言換えれば、自分が未だ政権運営に責任を負っていないことをこれ幸いと、バイデンが大統領である期間中に、予算支出を拡大することを可能にする条項(債務上限枠の2年間停止)を、この“つなぎ予算”の中に盛り込ませてしまおうと目論んだのだ。行政府が閉鎖されるかどうかの瀬戸際の法案、よもやバイデン大統領とて、拒否権を発動できないはずだ、と見越した上で…。

        ジョンソン議長は、トランプとの面談の末、このトランプの要求を受け入れ、それを盛り込んだ修正“つなぎ”法案を起草、そうした流れの中、トランプ次期大統領も、ジョンソン議長のこの修整提案を支持することを公にする(In a social media post, the President elect wrote that “ all Republicans ,and even the Democrats, should do what is best for our Country , and vote “Yes for this Bill “(英文はいずれもNYT紙12月19日)。

         

        ところが、トランプが導いた、この修正版の“つなぎ”法案も、結局、下院で否決されてしまう。賛成174反対235だった。トランプにとっての問題は、反対235票の内、共和党票が38もあったこと(民主党の反対票は197票:民主党内からの賛成票は2票:フロリダ州選出のKathy Castor議員とワシントン州選出のMarie Perez 議員)。要は、トランプの目論見は失敗に終わったわけだ。

        共和党内の反対は、本来ならトランプを支持するはずの、党内保守派からのもの。長年に渡って、小さな政府を標榜して、連邦政府の支出減を主張してきた共和党保守派にとって、譬え2年間の便宜的措置だとは言え、無限に政府支出を許すような仕組みを、自らの価値観として、到底容認出来なかったのだ。

        そして、ここにこそ、来年以降顕在化するはずの、トランプの主張の二律背反性(無駄な規制を省いて政府を小さくするVS大幅な企業減税を実施して、米国産業を再活性化させる)の矛盾が潜んでいる。

         

        米国連邦議会をかき回し続けた、この暫定“つなぎ”予算法案を巡る喧噪は、最終的には12月19日の深夜、ジョンソン議長がトランプ要求の修正事項(2年間の債務上限枠停止)を取っ払い、時間との競争の形で、下院本会議に持ち込み可決、即、上院に送られ、待ち受けていた上院が、下院案をそのまま丸呑みする形で賛成85,反対11で本会議採択、それが即、バイデン大統領の下に送られ、大統領が即時に署名したという顛末。

        しかし、この結末は、年内の予算が確保されたという意味合いでしかなく、トランプが正式に大統領に就任後、暫定予算議論が再びぶり返されることを意味している。

        ***暫定つなぎ予算が最終的に成立した後、下院共和党指導部は次のような方針を公表した。“House Republicans agree to raise the debt limit by $1.5trillion in the first reconciliation package, with an agreement that will cut $2.5 trillion in net mandatory spending in the reconciliation process”。

        こうした共和党内の情勢展開を、NYT紙は次のようにコメントした。

        “Those promises will join cutting taxes, cracking down on immigration and allowing for more oil drilling on the GOP agenda for next year… However Republican in the House and Senate have been at odds over how to tackle their priorities, with some senators pushing for multiple party -line bills and House members demanding one huge effort… The shut down turmoil made it clear that even one such vote is likely to be a heavy lift for Republicans ”(NYT 12月2日)

        ***今回の暫定予算策定過程での混乱の中、下院共和党保守派の一部から、ジョンソン議長不信任の声が上がっている。“つなぎ予算”採択のため、民主党側と不必要な妥協を重ね、結果、不必要な予算を付け、審議手順を誤ったと…。だが、今回の暫定予算採択の過程を、少し斜めから見てみると、能吏と策士の両面の顔を持つジョンソンの姿も見えてくるのでは…。

        当初は、暫定予算を通すため、議会有力者や民主党の主張の一部を飲み込む。為に、当該案はマスクやトランプの批判を買う。そうすると直ぐに、マスクやトランプの意見を直接求め、彼らの主張に沿う案に修正する。そして、トランプを巧く取り込むと必然的にマスクが黙る。

        ジョンソン議長のしたたかなところは、債務上限を2年間停止するとの、トランプ修正案が議会下院を決して通らないだろうと予測しながら、トランプの意を汲む形でそんな修正案を先ずは創って、実際に下院での票決に付す。案の定、否決されるや、即座に行動して、トランプ修正条項をバッサリと削り、最も身軽になった継続予算の内容を、今度は有無を言わせず下院で採決、即、上院に持ち込む。こんな芸当は、舞台裏で下院幹部や上院の民主党指導部との間で、密なる根回しが出来ていなければ、実現し得ないと考える。トランプは、ジョンソンを切るのではなく、とことん使いつくすべきであろう。

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