2025年9月26日
「凱風快晴 ときどき曇り」
週刊金曜日9月26日号
習近平の後継者
内田 樹(思想家)
中国共産党の中枢で何が議論され、何が行われているか、
私たちは知る術がない。
CIAもMI6もモサドもさすがに中国共産党指導部内には
「アセット(スパイ用語でいう協力者)」を持っていない
(と思う)。ふつうは「いずれ幹部になりそうな若手」
が海外滞在中にコネクションを作り、彼らが欲しがっている情報を提供する。
貴重な情報をもたらす人間は当然重用され、やがて政府中枢に上り詰め、政策決定に関与できる立場になる。
彼をリクルートした情報機関は、出世を支援した見返り
に内部情報を聴き出す。
そういう「ウィン=ウィン」の関係で「アセット」を育成するのが古典的手法である。
でも、中国共産党にはこの手が使えない。
党幹部全員が「いつ粛清されるかわからない」仕組みになっているからである。
習近平は就任以来、大規模な「腐敗撲滅運動」を通じて党と軍を把握した。それが有効だったのは、党幹部と高級軍人の全員が「すでに腐敗している」か「腐敗の証拠を捏造されても反証できない」かのどちらかだったからである。
中国共産党の幹部はいつ粛清されるかわからない。その恐怖と不安に耐えてキャリア形成してきた人たちだけが今の中国共産党支配層を形成している。
そういう人たちは簡単に外国情報部の「アセット」には採用されない。
かつて薄煕来は重慶に「王国」を築いた。
彼の資金洗浄を担当した英国人実業家ニール・ヘイウッ
(のちに薄の妻に毒殺された)は英国情報部と関わりがあった。
ヘイウッドを通じて薄は海外に私財数十億ドルを蓄えたとされている。
そんな危険が冒せたのは、薄が胡錦涛・温家宝に対抗できるだけの政治的実力を持っていたからだ。
ふつうはできない。
中国共産党の現在の最優先課題は少子化、経済の低迷、台湾などいくつもあるが、喫緊のものは後継者問題である。
『フォーリン・アフェアーズ・レポート』に詳しい分析が
出ていたが、習は72歳、後継者を決めなければならない
年齢である。
だが、中国では後継者指名はしばしば体制を揺るがす混乱を引き起こしてきた。
権力者は一定期間はおのれの後継者が党内のライバルに脅かされないように、後見役として党内ににらみをきかせなければならない。
でも、後見がうまくいって、後継者がしだいに力をつけてくると、今度は独裁者は自分が選んだ後継者に警戒心を持つ
ようになる。毛沢東がそうだった。
劉少奇と林彪が後継者指名されていたが、二人とも毛にその野心を疑われて非業の死を遂げた。
そして自分の地位を脅かさない程度の力しかない後継者である華国鋒を死の床で後継指名したが、非力な華国鋒は
その後の過酷な党内闘争を生き残ることができずに鄧小平に引きずり降ろされた。
今、党内に確実な後継者はいない。
習が自分の政治的分身として後継者を指名して、自分の政治アジェンダを引き継がせるためには、今の党幹部全員をごぼう抜きにして若手の「意外な人物」を抜擢するしかない。
自分とあまり年齢の変わらない幹部を後継指名しても、
すぐまた「次の後継者問題」に遭遇することになるからだ。
でも、この「意外な後継者」が力をつけるまで、習は「帝王教育」を施しつつ、後継者のライバルを排除してゆかなければならない。
同時に後継者によって自分が「お払い箱」にされないように防衛の手立ても講じなければならない。
14億の国民を統治するというのはまことに面倒な仕事である。
はたして中国共産党は世代交代問題をクリアできるだろうか。
日本のメディアは関心を示さないが、私は注視している。


























 
		 
		



