(話のタネ ー この一冊)
赤様清隆・元国連事務次長
前略、
本日付けの日経新聞の読書欄(33ページ)「この一冊」に、後段のわたしの書評を掲載していただきました。細谷雄一慶応大教授の新刊「国際連合の誕生」について、新聞社からの依頼がありましたので、僭越至極ですが書かせていただいた次第です。
書評に書きましたとおり、国連の誕生について目からうろこの、大変興味深い本です。国連に関する専門書のような硬い本ではなくて、国連誕生に至る興味深い史実がいっぱいの、ぐっと読みやすい本です。国連はルーズベルト米大統領主導の下でアメリカが作ったという通説をひっくり返し、本当は、英国こそが周到な準備をしてその基礎を創ったというのを立証してみせるのですから、ミステリー小説のような面白さがあります。ただ、4,400円もする高価な新刊書ですから、図書館から借りられるのが良いかもしれません(年明けには図書館で借りれるようになると思います)。
わたし自身も、国連はてっきりルーズベルト大統領の肝いりで、アメリカ政府が主導して作ったものとばかり思っていました。というのも、国連関係の本を読んだ際に目にした下記のようないくつかのエピソードを覚えていて、そのためにアメリカが国連を作ったとの印象を根深く持っていたからです。
例えば、ルーズベルト大統領が、新しく作ろうとした国際組織の名をさんざん考えた末に、「そうだ、ユナイテッド・ネーションズがいい!」とひらめいたので、別の部屋に滞在していたチャーチル英首相のところに飛び込んで、「いいアイデアが浮かんだ!」と伝えようとしたのです。ところが、その時、チャーチルはちょうどシャワーを浴びていて、ルーズベルトは気勢をそがれた、というような話を読んだ記憶があります。
また、国連の平和維持活動の軍事要員がブルーヘルメットと呼ばれるように、国連を象徴する色がなぜブルーかというと、1945年のサンフランシスコ会議で、国連のデザインを決めるのに中核的な役割を果たしたのが、アメリカの戦略事務局(OSS:現在のCIAの前身)に所属していた建築家やデザイナーたちだったからのようです。当時、彼らは、赤は血や戦争を、ブルーは戦争の対極にある平和を意味すると考えたようです。確かに、ブルーは、空、地球、冷静さや落ち着きなどを連想させます。
しかし、通常、平和の色というのは、白旗に代表されるように、白ですよね。なぜ白ではなかったのでしょうか?どうも、白旗が「降伏」や「敗北」を意味しますし、無抵抗や無力を連想させる色なので、国際の平和維持を担う国連にはふさわしくないと思ったようです。それに白だと、時と場合によっては、識別が難しくなるかもしれません。いずれにせよ、このような逸話も、国連を作ったのはアメリカというわたしのイメージ形成を助けました。
さらに、国連憲章の原本の話もあります。国連本部で勤務していた際、ある日の幹部会議で、バン・キムン国連事務総長が、「だれか、国連憲章の原本がどこにあるのか知らないか?国連本部内で探してみたが見つからないのだ」と話しました。幹部連中は、互いの顔を見合わせて、「さあ、どこでしょう?」という返事でした。その後、「わかった!」という連絡が事務総長室から届いたのですが、何のことはない、国連憲章第111条に、憲章の原本は米国政府のアーカイブに寄託される、と書いてあるのですね。
すなわち、国連憲章の原本は、ワシントンD.C.の米国国立公文書館に保存されているのです。ただ今回このメルマガを書くにあたって気がついたのですが、国連広報センターの国連憲章テキストの和文訳では「アメリカ合衆国政府の記録に寄託しておく」となっています。アーカイブを「記録」と訳しているのですが、これでは場所が分からないですね。ここは、「公文書館」と訳すべきでしたね。それにしても、バン国連事務総長以下幹部のだれも、この条文のことを知らなかったというのは恥ずかしい限りですね。わたしもその恥ずかしい連中のひとりでしたが。
この国連憲章原文については、さらに面白い話も聞きました。この憲章は、1945年6月26日にサンフランシスコ会議で作成されたわけです。それをサンフランシスコから東海岸のワシントンへ空輸する際に、国連憲章を入れた包み箱には万一の安全のためにパラシュートを着けたらしいのですが、それを運んだアメリカ政府の職員にはパラシュートがなかったという話です。職員よりも、国連憲章原本のほうがずっと大事だったということでしょうか?
ほかにも、なぜ国連本部を、ジュネーブなどのヨーロッパではなくてアメリカに置くことになったのか、またアメリカでもなぜフィラデルフィアでなくニューヨークが選ばれたのか、など興味深い話のタネがいくつもありますが、今回はこのぐらいにしておきましょう。
わたしは、このような話を見聞するにつけ、てっきりアメリカが国連を作ったとばかり思っていましたし、それに疑問を抱くこともありませんでした。ところが、この細谷氏の本によれば、国連創設の準備過程で、英国外務省と英国人外交史家の重要な役割があったのですね。こういう新しい事実を膨大な資料を基に明かされるわけですから、読んでいてたいへん面白いのです。
さらに、英国政府の目論見は、米国が国際連盟を作った際のように、議会の反対を受けて参加を見送るようにならないために、「米国が国連を作った」というストーリーが広がることを助けたというのです。国連創設の名誉をアメリカに譲ってでも、戦後の平和維持のために英国は外交力を発揮したというから、えらいものですね。それも、植民地大国であり、英連邦の盟主としての大英帝国の地位を守り抜こうとする意図があったのですね。老練というか、狡猾というか、ブルドッグ英国のしたたかな外交の底力を見る思いがします。
短い書評では、十分に意を尽くせませんでした。国連に関心のある方や、このような外交の歴史に興味のある方には、ご一読をおすすめいたします。ミステリーが好きな方にもこの本は面白いと思いますよ。(了) 赤阪清隆









