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        2026年5月9日 

        話のタネ

        話のタネ ー 次期国連事務総長選び 

                元国連事務次長・赤坂清隆

         

        アントニオ・グテレス国連事務総長の任期は今年末までなので、その後任選びがすでにニューヨークでは熱を帯びてきているようです。今回の話のタネは、これをテーマに取り上げたいと思います。前回は長文だったので、今回はできるだけ短くします。

         

         メディア情報によると、2026年4月時点での主要候補者は、以下の4人です:

         

         ラファエル・グロッシ: IAEA(国際原子力機関)事務局長;アルゼンチン出身。核問題の実績があり、米国(トランプ政権)とも良好な模様。

         ミシェル・バチェレ: 元チリ大統領、元国連人権高等弁務官;初の女性総長を目指す有力候補。中絶容認などの立場で米国の懸念も。

         レベカ・グリンスパン: UNCTAD(国連貿易開発会議)事務局長;コスタリカ出身の女性。組織改革の必要性、国連への信頼回復を訴え。

         マッキー・サル: 前セネガル大統領;アフリカからの候補。地域紛争解決や国際社会でのアフリカのプレゼンス向上に意欲。

         

         国連憲章は、「事務総長は、安保理の勧告に基づいて総会が任命する」(第97条)と書いてあるだけです。地域的なローテーションは、これまでの慣行に過ぎないのですが、アフリカ(コフィーアナン)⇒アジア(バン・キムン)⇒西欧(グテレス)と続いたので、そのあとは中南米であろうと国連関係者の間では思われているようです。

         

         地域グループとしては、いまだ事務総長を輩出していない唯一の地域グループとして、東欧グループが残っています。しかし、前回の事務総長選びの際に、同グループ諸国から多くの候補者を出したものの、結局は西欧グループに奪われてしまいました。そのために、今回は中南米の順番だという空気が支配的になったためか、東欧グループはいまだ候補者を出していません。

         

         現在の事務総長選びの手続きでは、まず候補者が国連総会議場で全加盟国と「対話型公開討論」を行います。今回は、すでに4月21日と22日に、上記4人の候補者との間で公開討論が行われました。今後は、安保理での候補者の絞り込みが行われます。7月ごろから、非公式投票(ストロー・ポール)を繰り返し、候補者を一人に絞ります。ストロー・ポールというのは、非公式な予備投票のことで、どの候補者がどの程度の支持を得ているか、また、常任理事国が拒否権を行使する可能性があるかを確認するものです。秋ごろまでに候補者一人の安保理勧告がまとまれば、そのあとは総会で承認され、来年1月1日に新事務総長が就任します。

         

         安保理で決まれば、あとの総会の承認は形式的な追認にすぎず、これまで安保理の勧告を総会がひっくり返した事例はありません。安保理での投票は秘密投票で、どの国もだれに投票したかを公言することは、これまでのところほぼありません。

         

         しかし、2006年秋の事務総長選びの最終段階に近いストロー・ポールで、韓国のバン・キムン候補は安保理メンバー15カ国中14カ国の賛成票を得たのですが、1票だけ反対票がありました。当時米国の国連大使だったジョン・ボルトン氏は、後に回顧録”Surrender Is Not An Option”の中で、「個人的に、反対票を投じたのは日本ではないかと推測し、大島日本大使に日本が賛成に回るよう説得することを決めた」(285ページ)、その後の投票では、「日本は賛成票を投じえなかったが、少なくとも棄権票(意見無し)に回ったのではないか、と理解した」(287ページ)と書いたものですから、大騒ぎになりました。

         

         当時の日本の外務省は、記者会見などの場で、だれを支持したかは明かさなかったものの、「ボルトン氏の記述は事実に反する、日本はバン・キムン候補に反対票を投じた事実はなく、一貫して支持してきた」と明快に否定しました。まるで芥川龍之介の作品「藪の中」のような話でした。

         

          トップを選ぶ選挙はどの国際機関でも秘密投票ですが、世界保健機関(WHO)では2003年中嶋宏事務局長の再選の際に、異例なハプニングがありました。中嶋氏のほか数人の候補者の中にナイジェリア人の候補者もいたのですが、投票権を持つ執行理事会のメンバーにはナイジェリアが入っていましたので、同候補者は最低でも1票は取れるはずでした。ところが、ふたを開けると彼の得票はゼロでした。

         

         こうなると、ナイジェリアの執行委員は他の候補に(実際は、事前の働きかけで中嶋候補に)投票したというのが明白ですから、彼は滞在中のロンドンからジュネーブの中嶋事務局長に電話で、「本国に帰ったらわたしは殺される!」と泣きついて、亡命先での仕事探しを手伝ってもらいました。投票先は分からなくても、票を入れたかどうかは発覚する可能性があるという一例です。

         

         秘密投票なので、二枚舌を使って投票態度をごまかす国も出てきます。1999年にWHOの西太平洋事務局長選挙で尾身茂氏が現職の韓国人のハン氏を破って勝利した時のことです。あとでわかったのですが、日本側が事前に支持の約束を取りつけていた国の数と、韓国側が取りつけていた数を合わせると、投票権を持っていたメンバー国の数よりも数票多かったのです。そのため、どちらの陣営も勝てると読んでいました。いずれかの国が、日本側にも韓国側にも、「支持しますよ」とカラ約束をしていたのですが、どの国がそうしたのかを特定するのは困難でした。聞けば、「もちろん支持しましたよ」と答えるに決まっていますから。

         

          国連事務総長には、(1)ビジョン、(2)リーダーシップ、(3)コミュニケーション能力が求められると言われますが、いくら立派な人物であっても、常任理事国の支持が得られず、拒否権を行使されてはその座に就くことはできません。エジプト出身のブトロスガリ事務総長は、2期目を狙ったのですが、アメリカのオルブライト国務長官の反対にあい、アメリカだけの反対でしたが、拒否権を行使されて2期目をフイにしました。あの時、アメリカは、「1年間の延長なら認める」とブトロスガリに内々伝えたのですが、自尊心の高い彼はこれを即座にけったと、彼の側近より聞き及びました。

         

         さらに、国連事務総長というのはものすごい激務ですから、体力も精神力も並外れたレベルが求められます。初代国連事務総長を務めたトリグブ・リー氏が後任のハマーショルド氏を空港で迎えた際に、「この世で最も不可能な仕事へようこそ」と言ったというのは有名な話です。ハマーショルド氏は独身でしたが、「国連事務総長というのは独身者でないと務まらない激務の仕事だ」と言ったと、どこかで読みました。

         

         さらにまた、国連事務総長になる人には、よほど腹がすわっているか、豪胆無比で、危機的な状況でも平然としていられるような強靭なメンタリティーを持っていることを必要とします。毎日、世界で起きているあらゆる大事件が彼のところにやってきて、対応を迫ります。下手なことを言ったら、すぐ世界のメディアが報道して、大問題になります。毎日、綱渡りのような状態が続くわけですから、特別に図太い神経を持った人でなければ務まらない職務ではないかと思います。

         

         こういうのも、悲しい思い出があるからです。ここだけの内緒の話ですが、世界保健機関(WHO)の第6代目の事務局長を務めた韓国人のイ・ジョンウク(J.W.Lee)氏は、がんらい西太平洋地域でポリオ撲滅運動やHIVエイズ対策に力を尽くした真面目で有能なひとでした。日本人を奥様にもつ優しい人柄で、いつもにこにこしている温厚な人物でした。彼がWHO事務局長になる前に、10人の有力なWHO事務局長候補の一人としてうわさされた際、「ぼくも候補者だって!えへへ」と嬉しそうに、はにかみながら当時WHOに勤務していたわたしにひそかに語ってくれたことがありました。そのように、神経は図太くなく、どちらかと言えば気が弱いタイプの好人物でした。

         

         その彼が、何度かニューヨークに出張した機会に、当時のブッシュ大統領夫人(ローラ・ブッシュ)の知遇を得、彼女の後押しも得られそうなので、国連事務総長のポストにがぜん関心を寄せることになったのです。2006年秋には、次期国連事務総長選挙が予定されていました。アフリカ出身のコフィー・アナン事務総長の後、次はアジアの順番ということで、韓国政府も候補者を出すべく検討していたころのことです。しかし、彼は、2006年5月20日、ジュネーブで脳血栓(脳卒中)のため倒れ、帰らぬ人となってしまいました。結局、韓国政府は、当時外相だったバン・キムンを事務総長候補に立てることになったというわけです。

         

         わたしの知るWHO関係者は、J・W・ イ氏が国連事務総長のポストに関心を示したことが、彼の命を縮めたのではないかと言います。推測にしかすぎませんが、それでなくとも激務のWHO事務局長として毎日心身をすり減らしているのに、一段と高い、しかも世界で最も不可能な仕事の国連事務総長というポストを狙ったことが、彼の死の原因になったのではないかというわけです。彼自身、自分は国連事務総長の器ではないとうすうすわかっていたと思いますが、周りにおだてられ、しかも偶然のチャンスの女神が手招きをしたものだから、理性を失って舞い上がってしまったのではないか、その結果、猛烈なストレスのために、61歳の若さにもかかわらず脳卒中による死を招くに至ったのではないか、と推測されています。国連事務総長のポストというのはそれほど恐ろしいものなのです。

         

         報道によると、目下の4人の国連事務総長候補のうち、グロッシIAEA事務局長が一歩リードしているという見方が強いようです。トランプ米政権の反発を受けにくい実務型との評価が高いようです。女性の国連事務総長の誕生を期待する声も強いものがありますので、ミシェル・バチェレ(チリ)候補や、レベッカ・グリンスパン(コスタリカ)候補も有力候補といえるでしょう。

         

         特に、バチェレ元チリ大統領は、国連ウイメンの初代事務局長、国連人権高等弁務官も務めた極めて有能な人物です。コミュニケーション能力にもたけており、指導者としてのオーラを持った人です。ただ、米議会(特に共和党議員)が中絶支持の彼女の立場を問題視していることや、人権高等弁務官時代にウイグル問題への対応が中国に弱腰であったという米上院議員らの批判も受けています。本国のチリ政府が政権交代のあと彼女への支持を撤回したことや、すでに74歳と高齢なことなどもマイナス要因になるかもしれません。

         

         いずれの候補者が選ばれることになっても、今の国連を取り巻く厳しい状況下で、事務総長としての任務を遂行するのはこれまで以上に大変でしょう。国連の財政が火の車ですし、国連憲章を無視した大国による武力行使が次々と起きています。安保理改革の必要性も風雲急を告げています。こんな大変なポストによく立候補すると感心しますが、大変だからこそ、やりがいのある一世一代の大仕事ともいえるでしょう。

         

         地域ローテンションの慣行が働くとして、次にアジアの順番が回ってくるのは、中南米、アフリカの各10年の後、すなわち早くても20年後になるでしょう。その間に、東欧グループが潜り込めば、30年後ぐらい先になる可能性があります。国連事務総長は、大国の影響を避けるために中堅国から選ぶのが慣行になっています。日本も、これから20年、30年先には大国ではなく、りっぱな中堅国になっているでしょうから、候補者を出せると思います。

         

         大学や高校で講演させていただいた際は、よくこの話をします。「将来海外に飛翔する夢を持つなら、でっかく国連事務総長のポストを狙え。そのうちに日本が候補者を出せる時期が来る!」と。そのような人物の登場を期待したいですが、わたしはその頃はあの世でのんびりしているでしょうから、これは若い人たちにお任せしたいと思います。(了)

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