BIS論壇No.513『田之頭稔氏のご逝去を悼む』中川十郎26.5.5
長年BIS副会長としてBIS運営に一方ならぬお世話になった田之頭 稔氏が3月16日逝去されたとの連絡に接し、心からのお悔やみを申し上げたい。3月は20日にBIS顧問の田村新吾 氏の奥様、さらに筆者の妻が3月26日逝去と悲報が相次いだ。
25年12月31日田之頭氏よりご出身の鹿児島の名物さつま揚げが到着。お返しに送付のお品が1月3日に届いたとメールで連絡あり、これが田之頭氏との最後の交信となった。 2月のBIS第197回情報研究会の準備打ち合わせを新年会を兼ねてやりたいとのことで楽しみにしていた矢先だった。
10数年前、BIS研究会に参加していた鹿児島ラ・サール高校同期の上村哲夫君と有馬純幸君より「薩摩士魂の会」の幹部で、勉強熱心で、広い人脈があるとして田之頭稔氏をBISに紹介された。田之頭 稔氏は鹿児島の名門、鶴丸高校から早稲田大学政経学部卒。明治グループに入社。広報室長として明治ヨーグルトなどの広報に活躍され、人脈も豊富だとのことであった。
かって商社のバグダッド所長として妻を同伴し赴任途中、イラン所長に挨拶の為、妻ともどもイラン・テヘラン所長の田之頭氏に挨拶に伺った。田之頭氏はテヘラン市内の案内や、世界最大のダイヤモンドがあるというイラン国立銀行などにも案内いただき、中近東でのビジネスの要諦に関し種々ご指導を頂いた。
3年後イラクからインド・ニューデリ所長に転勤を命じられた。東京本社の産業機械部課長に栄転していた田之頭氏がインド向け農業用トラクターの売り込みにニューデリに長期出張。社宅に近いホテルに宿泊されていたので、テヘラン以来、田之頭氏に面識のある妻が機会を見て社宅で日本食を準備した。その田之頭課長の弟さんが田之頭 稔さんだとのことで 田之頭ご兄弟とのご縁の不思議さを痛感していた。
田之頭稔氏はその社交的な明るい性格もあり、商社マン以上の人脈を有し、BISへ多くの方々をご紹介いただいた。さらにBIS副会長として、研究会の準備、運営、司会、懇親会などBIS会長の筆者を毎回助け、大変お世話になった。一方筆者の誕生日には義理堅く毎年誕生祝いをしていただくなどご配慮いただいた。深く感謝している。
3年近くも奥様の老々介護に尽力された。自身も膝の手術などで最終的には杖を使う不自由な生活であったが、BIS運営に献身的なご尽力を頂いたことを深謝している。BIS会員を代表し深甚のお悔やみを申し述べる次第である。 合掌








