2020年2月7日発行
世界の最新トレンドとビジネスチャンス
第190回
米中貿易「第一段階」合意に隠された“真の対立点”
(後編)
浜田和幸
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では、今回、トランプ大統領が「怪物のような巨大な、
そして美しい取引」と強調した米中「第一段階」合意の内容を検証してみたい。
結論から言えば、2年前に既に基本的な合意が形成されていたものばかり。
それゆえ、大統領選挙の年に突入し、弾劾裁判にも直面するトランプ大統領が「再選に向けての狼煙」を派手に打ち上げるために、何としても「強い交渉力の持ち主」としての成果を誇示する必要に迫られた「かさ上げ」のたまものと言わざるを得ない。
これは中国にとっても同様で、国内経済が停滞局面に入り、「2020年以内に農村部の貧困をなくす」と宣言してきた習近平主席にとっては「アメリカとの通商摩擦は何としても回避せねばならない最大の政治経済的な課題」であった。
そのため、中国製品への関税は大半が維持されるという内容ながら、アメリカからの輸入を大幅に増やすということに
合意したのである。要は、双方の思惑が一致した「2年間に限った暫定的な合意」に過ぎない。
しかし、一時期、「米中新冷戦の勃発か」とまで危惧されたことを思えば、そうした最悪のシナリオが当面回避されたことは世界にとって歓迎すべき事態であろう。
トランプ大統領は以前の「敵視」発言とは打って変わって、「習近平主席は偉大なリーダーだ」と持ち上げ、中国の面子を保つことに腐心した。
これまで習近平政権の推進する「中国製造2025」をアメリカにとっての最大の脅威と見なし、「中国はアメリカの
技術を盗んできた」「5Gを進めるファーウェイはアメリカや世界から更なる情報を盗もうとしている」等々の理由で、アメリカ政府は中国批判を繰り返してきた。しかし、トランプ政権の下で加速してきた対中関税強化策はアメリカ国内に深刻な事態をもたらすことになった。
トランプ大統領は認めようとしないが、中国製品に25%もの高い関税が課せられた結果、アメリカ国内の一般消費者も中国製品を輸入してきた製造業者も大きな負担を強いられることになった。アメリカの小売業は中国から輸入した
日用品を平均10倍の価格で販売し、大きな利益を積み重ねてきた。
例えば、3ドルで仕入れた中国製のTシャツを30ドルで売るのが通常であった。そうした「美味しいビジネス」が
トランプ大統領の高関税で成り立たなくなってきた。
チェースバンクの分析では、「アメリカの家計では平均
1000ドルの消費が落ち込んだ」。加えて、IMFや
ムーディーズの見通しによれば、「米中の貿易合意が得られない場合には、2019年末にはアメリカで45万人が職を失う」とまで悲観的な状況が生まれていた。
それゆえ、全米商工会議所を始め各種業界団体からは「中国との通商関係の改善」を求める陳情が相次いで出された。
トランプ政権も中国締め付け策が自らの首を絞めつけていることにようやく気付いたのであろう。
また、中国が大豆やトウモロコシなど農産品の買い付け先をアメリカからブラジルなどに変更したため、アメリカでは
1万2000を超える農家が倒産。その救済のために
トランプ政権は過去2年間、毎年280億ドルの追加補助金の支出を余儀なくされ、国家予算の赤字額は1兆ドルを超え、累積の財政赤字は23兆ドルを突破した。
とはいえ、中国にアメリカ産農作物の大量輸入を約束させたことは「農業票を確保」する上で、トランプ大統領にとっては自慢の種であろう。「今後2年間で2000億ドル分を
輸入させる」とのこと。しかし、中国は2018年の時点で「今後5年間で1兆ドル分のアメリカ産の物品やサービスを追加で購入する」と提案していた。
ということは、今回の合意は年度ごとの輸入額で比較すれば、2年前の提案と全く同じということだ。この2年間の交渉は一体何だったのか?
いずれにしても、米中間の覇権争いは決して貿易や通商の分野に留まらない。次の時代の世界をどちらが主導するのか、国家体制の在り方を競う真剣勝負なのである。
両者ともに簡単には妥協しないだろう。
それゆえに、情報・心理戦も含め米中の競合は過熱することはあっても沈静化することはあり得ない。
国家存立の基盤となる価値観を巡る争いになってきたからだ。
日本とすれば、「インド太平洋戦略」を推進するアメリカと「海洋運命共同体」構想を提唱する中国の動きを見極めながら、「海洋資源国家・日本」として、米中双方に提供できる技術と価値観を最大限に活用し、独自外交を展開する道を切り開くべきである。
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