第36回
空気から水を造る究極のエコマシーンの開発レース(後編)
浜田和幸
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ところで、こうした空気から水を造る機械の開発が盛んになってきた背景には何があるのだろうか。実に驚くべき事実であるが、大気中には大量の水分が含まれており、その量たるや地球上のすべての河川に流れる水の量より8倍以上も多というのである。そのため、湿度が30%以下でも、このウォーター・ミルは十分水分を吸収し、飲み水に変えることができるという。全自動の湿度感知器がついているため夜明けの最も湿度の高い時期に効率的に水分を吸収できるようになっている。
すでにアメリカ、イギリス、イタリア、オーストラリアでは販売が始まっている。日本でも近く発売されるという。気になる値段であるが、1機1200ドル、約10万円。果たしてどこまで日本人の味覚に合った水を提供してくれるものか。日本の消費者の反応が気になるところである。
ところで、最近、アメリカのサンフランシスコ市ではペットボトルの使用を職員に対して禁止するという条例を可決した。これも水不足に対する対策の1つと見なされている。そこで、カナダのウォーター・ミルに負けてはならじと、アメリカの企業エックス・ジエックス社も空気から飲料水を造る機械を完成させ、市場に売り出すことになった。1ガロンの水を作るのに10セントの電気代がかかるが、この機械も空気中の汚れやほこりをフィルターで除去し、浄化処置をした後に飲み水に変えることができるという。
「あらゆる種類の空気から水を作り出し、純粋で安全な水を生み出す」というのがうたい文句になっている。このエックス・ジエックスの販売戦略は一般の水道水が生物化学テロに襲われるといった非常事態を想定したものである。いくら水道水が安全とはいえ、その水源地に有害物質を投入されたり、地震や災害で水道管が破裂するようなケースを想定し、空気中から必要な飲料水を確保しようという発想である。危機管理上の必要性が迫っているからに違いない。
一方、アメリカやカナダに対抗するかのように、ドイツの研究機関においても空気中の水蒸気を利用した造水機の実用化が進みつつある。シュツットガルトにあるIGB(Institute of Freshwater Ecology and Inland Fisheries)と呼ばれるバイオテクノロジーの研究所ではラゴス・イノベーションと呼ばれる民間企業と提携し、自動的に空気中から飲料水を生み出すメカニズムを開発した。
砂漠地帯など乾燥地においても空気中から飲料水を確保することができるため、その実用化が期待されている。湖や川、あるいは地下水や水源地がまったくない場所であっても、この機械は水を生み出すことができる。IGBではすでにイスラエルのネゲブ砂漠で実験を繰り返している。この砂漠地帯では大気中の湿度が年平均して64%であるため、1平方メートル四方の空間から11.5ミリリットルの水を安定的に確保することができるという。
「必要は発明の母」というが、今や世界各国で水不足を克服するための新たな発明の競争が始まっている。海水を淡水化する、あるいは汚染された水を浄化し再利用するといったこれまでの造水技術とは全く発想が異なる。地球上のあらゆる場所に公平かつ潤沢に存在する空気。この無限の資源から水を造りだすという開発レースが始まったのである。水の豊かな日本においては、これまで思いつかなかったアイディアかもしれない。
しかし、考えようによっては、これほど確実な水源地の確保につながる技術もないだろう。日本も海水の淡水化を可能にした膜技術の上に胡坐をかいていれば、こうした新しい技術革新の波に乗り遅れることにもなりかねない。
イザヤ・ベンダサン氏が「日本人は水と安全はタダで手に入ると思い込んでいる」と50年ほど前に指摘していたが、水を巡る争奪戦も過熱し始めた今日、我々は水を確保するためにはあらゆる可能性を探り続けねばなるまい。水資源獲得レースに終わりはないのである。
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