第61回
アジアを襲う2大危機:水と食糧の不足(前編)
浜田和幸
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アジア各国では史上最悪の食糧危機が目前に迫ってきている。
国連の調査報告書を見ても灌漑システムが機能をしなくなっている農地が急速に増えており、インドや中国、パキスタンなど巨大な人口を抱える国々を中心に農業生産が危機的状況に陥る可能性が高まってきた。このままの状況が続けば、各地で暴動や食糧の争奪戦争が起こることが避けられそうにない。
かつて1970年代から80年代にかけて、大規模な飢餓が発生しかけた時期もあったが、当時各国政府がこぞって灌漑施設を建設し、新たな種子や肥料を導入したことで史上最悪の食糧危機はからくも回避されたものである。しかし、これら人口大国においてはその後も人口の膨張が続いており、2050年までにはアジア全体で15億人もの人口が新たに増えることが確実視されている。ということは、アジアだけで食糧の需要が現在の2倍に膨れ上がるということである。
国連の食糧農業機構(FAO)でも世界銀行の傘下にある国際水資源管理研究所(IWMI)でもこうした状況に対し、相次いで警告を発している。アジアの国々においてはすでに農地は開墾が限界に達しており、余分な農地はほとんど見当たらない。しかも、異常気象の嵐は吹き荒れる一方で落ち着きが見られない。大規模なハリケーンやサイクロン、そして地球温暖化の影響と見られる干ばつ、山火事、その他異常気象は農業生産に甚大な被害をもたらしている。その上、水の供給に関しても頭打ちどころか深刻な水不足が日常化してしまった。
こうした環境の悪化を受け、アジアの農民たちは農業を放棄せざるを得ない状況に追い込まれつつある。人口は増える一方でありながら、食糧や水の供給は先細るばかり。これでは治安の悪化や暴動が頻発することも避けられそうにない。
現在の灌漑システムはおおむね50年から70年の寿命を経ており、既に耐用年数が過ぎたと言っても過言ではない。各地で水が漏れだしており、必要な農地に必要な水量が行き届かないという状況になっている。灌漑設備の更新や補強が早急に必要とされているが、各国とも財政状況が厳しく必要な手立てが講じられないままとなっている。
ちょうど10年前の2007年、アジアやアフリカ各地で食糧を求める住民の暴動が発生したものである。40を超える国々で、飢えた国民が食糧品を扱う店を襲ったり政府の備蓄倉庫を襲撃したりする事件が相次いだ。当時の状況はこれから巻き起こるであろう大規模な食糧争奪戦争の予兆に過ぎないと言えそうだ。実効ある緊急対策が講じられない限り、アジア各国で食糧を求める飢えた農民や住民によるデモが巻き起こるに違いない。
こうした社会不安が広がれば、テロ組織が暗躍する可能性も一段と高まるだろう。アジア各国で社会主義体制が終焉を迎え、自由主義経済が広まった結果、多くの農民たちが自らの手で灌漑に取り組む動きが一斉に活発化した。それまでは、国や地方政府が灌漑のインフラ整備に責任を担っていたが、国家のくさびが取り払われた結果、農民たちはこぞって自前の灌漑施設を導入するようになったのである。彼らが頼ったのは主に中国製の安い灌漑用の地下水のくみ上げポンプであった。多くの農民たちはこぞって地下水をくみ上げ、自分たちの田や畑に水を引いたのである。
中長期的な見通しもなく、とりあえず目前の水需要を満たそうとして、多くの農民たちが勝手に好きなだけ地下水をくみ上げてしまった。政府はほとんど介入する力を失っており、農民たちのなすがまま何ら水資源を効果的に管理するという体制を構築することができないまま今日に至っている。
その結果、水資源は瞬く間に枯渇するようになってしまった。中国でもインドでもこの数年の間に地下水はほとんど汲み上げられてしまい、湖や池にとどまらず、長江や黄河といった大河でも断流化現象が見られるようになっている。水なくして生命は育たない。農業にとっては種も土も太陽の光も重要な要素ではあるが、水こそすべての作物や生命の源である。
中国やインドを中心にし、多くの農民たちが水不足による悲劇の主人公となっている。経済的に破綻し、自殺や身売りを余儀なくされている農家も急増しており、各地で大きな社会不安の原因となっているようだ。
その一方で、アジアの発展途上国の間では国民の食生活に大きな変化が押し寄せ始めている。日本でも経験したように、食の欧米化が進むようになったのである。伝統的に米を中心とした食生活がアジアでは主流となっていたが、このところ急速にパンや肉を中心とする食文化へ変化するようになってきた。
問題はこうした欧米の食生活を維持するためには、また小麦や牛肉、豚肉などの肉類を育てるにしても大量の水を必要とすることである。今後ますます大量の水がなければ、肉類の確保は難しくなるに違いない。アジアでも欧米文化が広まる中で、大量の水を必要とする肉食文化が大手を振って広まりつつある。
以下、次号「第62回」(4月21日発行)に続く!
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