『一帯一路と米中貿易戦争』
名古屋市立大学22世紀研究所特任教授、大連外国語大学客員教授、国際アジア共同体学会学術顧問、日本ビジネスインテリジェンス協会会長、元東京経済大学経営学部大学院教授
中川十郎
I. 一帯一路(BRI)と日本の対応
- 一帯一路(BRI)は2013年、中國習近平主席が打ち出した、中國の東からユーラシア大陸を西へと物流インフラを構築する「陸のシルクロード」と海の物流網「21世紀海のシルクロード」を構築しようとする21世紀の巨大プロジェクトだ。この一帯一路の沿線国は60数カ国、世界人口の60%の40億人、世界国民総生産(GDP)の30%、貿易額の30%、アフリカを含めると地球の陸地面積の50%を占める巨大貿易圏が誕生しつつある。
- 未来予測研究家として有名な米国のユーラシアグループ代表、イアンブレマー氏は「今日世界で未来戦略を有しているのはヨーロッパでも米国でも日本でもない、それは唯一中国だ」と喝破。世界の未来を見据えた中国のBRIを意識した発言だと思われる。
- 筆者の過去20数年間の中央アジアの上海協力機構(SCO=中国、ロシア、インド、パキスタン、カザフスタン他8か国で構成)などの研究から判断し、BRIはこれまでの20年間のSCOでのメンバー関係国の協力、さらに過去にさかのぼると、漢時代の張騫の中央アジアとの結びつき、1200年代のモンゴル帝国のジンギスカンがユーラシア大陸で世界最大の帝国を築き、東西交易と文化交流に邁進した陸のシルクロードのDNA。さらには1400年代の明の永楽帝時代の「鄭和大艦隊」の南シナ海、インド洋、アラビア、アフリカとの海上交易にBRIの淵源があるように思われる。
- 欧米の地政学者(英国マッキンダーのユーラシア・ハートランドー(中核)理論)、米国スパイクマンのリムランド(周辺)理論や、カーター大統領元補佐官ブレジンスキーの(ユーラシア西、中央、南、東のチェス盤理論)は「ユーラシアを制する者が世界を制する」と喝破。かかる観点からBRIを理解する必要があるように思われる。
- 筆者の過去30数年(うち20年は海外に駐在。60数カ国での市場開拓・貿易業務に従事)の商社での国際ビジネスの経験から判断し、BRIは上記のような中國の過去からの長年の海外交易のDNAを受け継ぎ、中國が世界最大版図のユーラシア大陸を結節する21世紀の野心的な広域経済圏構想であると思われる。
- 700年代の遣隋使、遣唐使の派遣以来、仏教、文化、経済面で日本がお世話になった中国が世界最大の経済貿易大国として2030年ごろには米国を凌駕するかもしれないという時期に、日本はBRIおよび、資金面で諸プロジェクトへの融資を目指すアジアインフラ投資銀行(AIIB)にも積極的に参加することが日本の21世紀のグローバル経済戦略の為にも必須だと思われる。BRIやAIIBの欠点をあげつらうだけでなく、中に入って一衣帯水の隣国中国と中國国内のみならず、ユーラシアの発展途上国、さらには世界各国での諸プロジェクトで中国との協力の方策を前向きに研究し、日中相協力することこそ日本の将来の為にも肝要だと確信している。
- 日本で地方自治体の東京都元知事の石原慎太郎が、それまで解決を将来の世代に任せると日中で合意していた尖閣島を、東京都で買い上げると唱え、それに驚いた民主党の野田内閣が尖閣島を国家で買収したことが発端となり、以来日中関係は悪化の一途をたどり、今日、日本のメデイアでは中國脅威論、中國への過度の非難が目立っている。誠に残念でならない。
- 古来、7世紀の隋、唐時代から1400年近くも日中は善隣友好の関係を続けてきた。一衣帯水の中國が、2013年以来、人類運命共同体として打ち出している野心的な「一帯一路」に日本も中国、アジア、ユーラシア、アフリカなど第三国で相協力して世界の平和と繁栄に協力すべきではないか。
- 米国は中国の「一帯一路」、「AIIB(アジアインフラ投資銀行)」、「中国製造2025」を米国への挑戦、脅威と受け止め、対抗を強めている。そのために米国、豪州、日本、インド4カ国での「インド太平洋構想」で中国の一帯一路を包囲する戦略を推進しつつある。
しかし11月5~10日に上海で開催された第2回中國国際輸入博覧会には150か国から3900社が参加した。昨年からZTEや、ファーウエイなどとの取引停止を含め、関税引き上げなどで米中貿易戦争を先鋭化させている米国からは昨年の180社を10社上回る190社が参加。展示スペースもドイツや日本を抑えて、最大のスペースを占めた。
米国は中國との貿易戦争を喧伝しているが、ビジネス面では米国企業は中国が最大の貿易市場に成長することを見込み、実質的には中國市場を重視していることがうかがえる。
中国の野心的な21世紀の広域経済圏構想「一帯一路(BRI)」やその融資機関でもある「AIIB(アジアインフラ投資銀行)」への参加を安倍政権は米国に同調して見合わせているがこれは時代錯誤的対応ではないか。
- ジャパノロジストで有名なケント・カルダー メリーランド大学教授は近著1)で「中国と欧州の定期貨物輸送は2018年に往復便が1万回以上運航された。中國の急速な経済成長と市場拡大が欧州を”大陸漂流“へと向かわせている。中國のプラットフォーマーによりユーラシア全域にデジタルとIOTに駆動されるロジステイックス革命が起こっている。”スーパー大陸の”の実現に米国はいかに対応すべきか。」、
「ユーラシアで中國をバランスさせる能力のあるのはインドである。米国のバンスシング戦略の支柱はインド洋に照準を合わせた日本、インド、オーストリアの三国だ。」と強調している。2)
- 世界最大の版図を誇るユーラシアは、地球上の面積の34%を占め、18%のアフリカを含めると両地域で世界の52%と過半を占める。2100年には、人口が40億となるアジアと並び、アフリカも40億人に達する。先進国は20億人で世界人口の80%をアジア、ユーラシア、アフリカで占めることになる。(『ユーラシアの時代 2100年の世界地図』(峯 陽一、岩波新書)。
22世紀はアフラシアが世界経済発展のセンターに成るだろう。かかる観点からも、中國はアジア、ユーラシアに加え、東欧、アフリカ、さらには中南米、北極圏にも一帯一路構築を進めつつある。あわせ発展途上国向けに光ファイバー通信ケーブルや衛星測位システム『北斗』をアフリカを中心に建設中である。このようにモノの物流網の構築のみならず、発展途上国を中心にデジタルネットワーク網も構築中である。米国はこのような中国のサイバーネットワークの構築にも警戒を強めている。
中国政府はすでにBRIに3000億ドルを拠出。今後数年間で事業費は1兆ドルを優に超えるほど膨れ上がるだろうと米国は中国BRIの動向を注目している。3)
- ここで最後に、「一帯一路」の源流ともいうべき中国歴史上のうごきについて一瞥しておきたい。
中国は歴史上、西域遊牧民とのせめぎ合いが行われてきた。2200年以上前の漢の時代に張騫は匈奴対策に西域に派遣された。7~8世紀の隋、唐は中國を南北に統一したばかりでなく、遊牧民族に由来する王朝であったがためにシルクロードを通じた東西アジアの交流に基づく文化を育み、それが飛鳥、奈良にもたらされ、古代日本文化の基盤構築に貢献した。正倉院はシルクロードの東の終点だった。その終点の日本から21世紀のシルクロード「一帯一路」の構築に努力すべき使命が日本にはあるのではないか。
一方、1200年代のモンゴル帝国は、武力国家ではなく情報国家として、シルクロードを通じて活発な商業滑動を行った。
1400年代の明の永楽帝は鄭和に大艦隊を組織させ、その航跡は東南アジアからインド沿岸、ペルシア湾、紅海、さらに東アフリカにまで及び、訪問国は30か国以上を数えた。鄭和の艦隊は1隻6000~8000トンもある巨艦で、大艦隊を60数隻で構成、乗組員は2万数千人にも上ったという。その主要目的は貿易の拡大、特にイスラム商人との交易と関係拡大にあった。4)
中國が中心となり1996年以来注力しているSCO(上海協力機構)は過去のロシア、タジキスタン、キルギス、カザフスタン、ウスべキスタンの6カ国に加え、西アジアの有力国インド、パキスタンが加盟したことによってユーラシアの強力な地域経済機構に成長しつつある。さらにBRICSの活動も目覚ましく、11月のブラジリアでのBRICS首脳会議では、新興5か国の結束の強化が話し合われた。すでに上海で活動を開始しているBRICS開発銀行はAIIBやシルクロード開発基金とともに「一帯一路」インフラ開発を中心に積極的にプロジェクト融資で活躍している。
このような過去長年にわたる中国のユーラシア、アジア、アフリカなどにおける歴史と知験が「一帯一路」シルクロード構想の背景にあるので、「一帯一路」は米国、日本など一部の国の批判を超えて発展していくことは間違いがないと思われる。
日本としても今こそ「一帯一路」、「AIIB」に積極的に参加し、日中相携えて「和を以て貴となす」の精神で世界の経済建設と平和構築に今こそ注力すべき時である。
「結論」
日本が2013年来、注力してきたASEAN10カ国に加え、豪州、NZ, 中国、韓国、インド、日本の16カ国によるRCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉は11月、日本が対中国牽制として頼りにしていた主力のインドが、関税交渉が折り合わず、脱退を通告。日本政府はあわてている。
一方、米国と日本が注力中の上記「インド太平洋構想」もはかばかしい進展がない現状下、日本はその中に在って、中國と対抗するのでなく「一帯一路」と「インド太平洋構想」を融合し、アジア、ユーラシアを中心に世界の平和と経済発展に日中相協力して貢献する21世紀の経済、外交戦略を推進する方策を検討すべきだ。
II.米中貿易戦争
- 米中では通商関係者がワシントン、北京で打開策を交渉中である。しかし、米中貿易戦争は米中の経済、貿易、先端技術、軍事覇権争いの様相を呈しつつあり、解決にはなを時間がかかると思われる。
既存の覇権国に対し、新興国が台頭し、挑戦するようになると両者が戦争に至る可能性が高くなることを古代ギリシアの歴史家ツキジデスは、アテネの台頭と、それに対するスパルタの恐怖心を例に「ツキジデスの罠」論を展開している。
1980年代のロシアの軍事力、日本の経済力の台頭に対して、覇権国家の米国は厳しい対応をとった。その結果、ロシアは1980年末に解体。日本は1985年のプラザ合意で米国に円の大幅な切り上げを要求された。以来30年以上にわたり、デフレが継続し、日本はG7中、GDP経済成長率は最低の1%内外と低迷。実質賃金もこの間、10%低下。購買力平価(PPP)によると一人当たりGDPは今日,世界で26番目に低下。台湾よりも低位にある情けない状況にある。
コロンビア大学のノーベル経済学賞受賞のロバートマンデル教授はこの時の日本の円切り上げに、批判的であった。
世界経済の推移を経済史的に考察すると、
* 世界経済発展の軸がユーラシア大交易圏を形成した13世紀のモンゴル帝国から、ユーラシア交易圏を利用して広域の商業で活躍したイタリア商人へ移動。
それが14世紀のルネッサンスに結実。
* 16世紀になると発展の軸がポルトガル・スペインに移り、両国が大航海時代に「海」の覇権を握り発展。
* 17世紀にはオランダが造船技術と海運で世界経済を圧倒。
* 19世紀に入ると英国が世界最大の植民地を擁する大帝国に発展。
* 20世紀になると、第一次、第二次世界大戦で勝利した米国が世界経済の中心に躍進した。5)
- その米国も2008年のリーマンショックで経済が下降に転じ、世界経済発展の軸が再びアジア、ユーラシア大陸に回帰しつつある。
従い、21世紀の世界経済発展の中心はASEAN(東南アジア諸国連合)諸国、中國、インド、さらにはインドネシアなどアジアに移りつつある。
- そのような中、中國が経済、先端技術、軍事面で躍進し、米国に肉薄しており、場合によっては2030年ごろに米国を凌駕するかもしれないことに米国は危機感を覚え、貿易不均衡の是正と、さらに中国の先端技術発展国家戦略「中国製造2025」を標的に貿易、経済戦争をしかけているのが現状だと思われる。
まさしく「ツキジデスの罠」の現代版である。ピーターナバロ・トランプ大統領補佐官は著書6)などで対中強硬論を唱えており、米中貿易戦争は米中覇権争いの様相を呈しつつあり、その解決は容易ではないと思われる。
米中の関税合戦の結果、米中貿易戦争は世界経済、サプライチェーンへの悪影響が無視できない状態になりつつある。今日、世界130カ国以上の国々にとって、中國はいまや最大の貿易相手国になっており、特にアジアの国々との経済の相互依存関係がインフラプロジェクト中心に深まっており、米中の貿易戦争の解決が強く望まれている。
- この構図はかって日本が1980年代に米国との貿易不均衡で、日本車の輸出数量自主規制や米国への投資拡大。さらには1985年のプラザ合意で円の大幅切り上げを要求され、その要求を受け入れ、その結果、30年近くにわたり日本経済は低成長にあえぎGDP成長率はG7の中でも最低で、年1%内外に低迷している事態である。
当時、筆者は商社駐在員としてニューヨークに勤務中であったが、日米貿易不均衡に怒こった米国の労働者が日本製トランジスターラジオや自動車をハンマーでたたき壊す様を目撃した。
- 今回はそのようなトランプ政権の不満が大幅な対米貿易黒字を出している中国に向かっているわけである。まさしく歴史は繰り返すだ。
貿易は比較優位の原則で安い製品が輸出においても優位を占めることは自明である。それを特に先端技術において中国のファーウエイやZTEが米国の技術を窃盗しているとしてファ-ウエイの製品の購入禁止を日本や豪州にも要求。さらにはファ-ウエイ副会長の逮捕をカナダに要請し、提訴しているのはいかがかと思われる。
- かつて1980年代に日米貿易摩擦が激しかった折、日本の東芝機械が工作機械をポーランド経由ソ連に輸出。
その結果、ソ連は潜水艦のプロペラの消音に成功し、米国の国家安全保障に対し重大な損害を与えたとして、東芝製品の米国輸入禁止など東芝たたきが行われた。東芝は米国の新聞に謝罪広告を出すなどさんざんな目にあった。
しかし、ソ連潜水艦のプロぺラの消音は東芝の工作機械の輸入前から、実現していたということが後で判明した。東芝はあらぬ濡れぎぬを着せられたのである。
目下、米国は中國がスパイ行為で米国の技術を盗んでいるとクレイムしている。
しかし米国、英国、豪州、ニュージーランド, カナダのアングロサクソン諸国はスパイ衛星を使ったエシュロン盗聴システムで外国情報を盗聴しているのをどう説明するのか。
- われわれは情報の収集と分析、活用にあたっては、その情報がどこから出ているのか。まず情報源をしっかり把握することが大切である。一方的な情報を収集するのでなく、情報を多面的に収集。その情報を冷静に分析し、正しい評価を行い、日頃のビジネス、生活に役立てることこそ肝要である。
その意味で下記の本は中國の一帯一路や米中貿易戦争に対してかなり一方的な見方をしているように思われる。
注)
1)“Super Continent:The logic of Eurasian Integration” Stanford University Press
2019
2 ) 『選択』2019年11月号 p11
3)『ユーラシアの時代 2100年の世界地図』峯陽一、岩波新書
4)『地経学時代のインド太平洋戦略』ロバート・ブラックウイル 米国外交問題評議会上席研究員“JFIR World Review” Vol.2, 2018年12月 p39
5)『地政学で読み解く 海がつくった世界史』村山秀太郎 実業之日本社 pp136~138
6)『世界経済全史』宮崎正勝 日本実業出版社 p141
7)『戦争の地政学 米中もし戦わば』ピーター・ナバロ 文春文庫 2019年4月
主要参考文献:
『日本が危ない!一帯一路の罠』宮崎正弘、ハート出版 平成31年、
『中国が支配する世界』湯浅 博、飛鳥新社2018年、
『米中経済戦争』福山 隆 ワニブックスplus新書2019年、
『米中対決の真実』古森義久、海竜社、2019年、
『2020年「習近平」の終焉』日高義樹 悟空出版2019年、
『米中「冷戦」から「熱戦」へ』藤井厳喜、石 平WAC 2018,
「一帯一路の衝撃」赤く染まるアフリカ、中東~『Wedge』2019年3月号
『地政学で読み解く 海がつくった世界史』村山秀太郎 監修 実業之日本社 2017年
『地経学とは何か』JFIR World Review Vol.2, 2018年12月
『アフラシアの時代 2100年の世界地図』峯 陽一 岩波新書 2019年8月
『戦争の地政学 米中もし戦わば』ピーター・ナヴァロ 文春文庫 2019年4月
『世界史とつなげて学ぶ 中国全史』岡本隆司 東洋経済新報社 2019年7月
『ユーラシアの地政学』石郷岡 建 岩波書店 2004年1月
『物流は世界史をどう変えたのか』玉木俊明 PHP新書 2018年1月
『習近平と米中衝突』近藤大介 NHK出版新書2018年11月
『ファーウエイと米中5G戦争』近藤大介 講談社 2019年7月
『漢帝国-400年の興亡』渡邊義浩 中公新書 2019年5月
『日米ハイテク覇権のゆくえ』NHKスぺシャル取材班 2019年6月
『未来の大国 2030年、世界地図が塗り替わる』浜田和幸 祥伝社新書 2019年10月
『一帯一路からユーラシア新世紀の道』進藤栄一・周瑋生編 日本評論社 2018年12月
『一帯一路の現況分析と戦略展望』科学技術振興機構 2019年5月
『米中激突恐慌』副島隆彦 祥伝社 2019年11月