ソムリエの追言 72
「”時”を飲む悦び ― ヴィンテージワインの魅力 ― 」
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「頼む・・・生きていてくれ」
心の中でそう祈りながら ソムリエナイフを握る手にも自然と力がこもります。
その日オーダーされたのは”シャトー・ムートン・ロートシルト1975年”。
随分昔の話に成りますが、当時レストランでは10万円以上する高価なヴィンテージワインですがあいにくお店にあった在庫は1本のみ。
「万が一、劣化していたら・・・」不安が頭をよぎります。
『このワインは当店にある最後の1本ですお客様はラッキーでしたね!』
テーブルの雰囲気を盛り上げながらもやんわりと替えがきかない事をお伝えします。
柔らかく弾力の失われたコルクに1回、2回・・・慎重にスクリューをねじ込みます。
健全なコルクの寿命はおよそ25年、それを過ぎるとコルクはもろく砕けやすく変質していきます。
余計な負荷をかけないようにゆっくりとコルクを抜き取り、ほんの少しテイスティングをさせてもらうと、複雑な熟成感とともに何とも言えない活き活きとした果実味!!
長きに渡る熟成を経たワインだとにわかには信じられません。
口当たりはビロードのようになめらかなのに底知れぬ深みとコク、
丸みを帯びた味わいは複雑さと果実味を感じさせながら長く続く余韻。
寝かせたボルドーワインはどうしてこんなに美味しくなるのでしょうか。
”熟成”という長い時間のみがなせるわざなのです。
良いボルドーほど長く寝かせた方が美味しい。
道上は以前、1800年代後半のラフィットを飲んだ事があると言います。
味は想像もつきませんが、ニューワールドはもちろん
ブルゴーニュのワインでも考えられない事です。
このムートンも熟成のピークはまだまだ先でしょうか。
このワインがさらに5年、10年と円熟味を増していく・・・
いったいどこまで美味しくなるのでしょう。
ポップ・アートの巨人、アンディー・ウォーホルによって描かれた
オーナーのフィリップ・ロートシルト男爵の顔が 微笑みかけているようでした。
ヴィンテージの価値
古いワインには、熟成による複雑な味わいとともに ”収穫された年”
”ボトルに詰められた長い時間”を感じられるところに 最大の価値があるのでしょう。
一般に言われるように天候による ”当り年”や”外れ年”を示すヴィンテージチャートは 熟成のピークを考える一つの目安にはなりますが、 最終的な味わいを決めるものではありません。
大切なのは、その長い時間をワインがどう過ごしたかという事。
たとえ良家の生まれであっても育った環境が悪ければ 徐々に生活が乱れてくる・・・
ワインにも同じ事が言えるのかもしれません。
レストランなどでよく見るワインセラーは 冷蔵庫よりはすこし
マシといった程度で、美味しくなるという事はありません。
以前道上はワインの保存について 最高の条件を満たすのはカーブ(地下室)だと述べています。 「ワインも窮屈な場所は苦手なのです」と。
暗くて振動のない湿気のある涼しい場所、しかも風通しが良い・・・ そういう条件の揃った場所で じっと動かさずに熟成させる事がワインにとっては大切です。
有名なサザビーズやクリスティーズのオークションで超高額をつけて話題になるワインは、ワイナリーで直接保管しているものか、世界に2ヶ所しかない指定された保管場所(ロンドン・ニューヨーク)で 厳密に保管されています。ワインが持ち出される事はまずありません。
なぜなら、その場所から一歩でも外に動かすと オークションでの
ワインの価格が大きく下がってしまうのです。 動くのは伝票だけです。 所有者は動きますが、ワインは動きません。
そういう意味では、いかに有名な高級ワインと言えども 一般に出回っているオールド・ヴィンテージは 流通経路や保管状態が不透明です。
ワインが難しいと思われがちなのは、 この辺りがややこしいからなのかもしれません。
一般の消費者の方にとって もっとも安心出来るのは、
生産者と直接やり取りし シャトーで熟成させたワインを 直輸入している所だと私は思います。
高級デパートで高そうな木箱に入って売られている年代物のワインでも必ずしも中身も保障付きとは言えないのが現状です。
【 道上 雄峰 】
幼年時代フランス・ボルドーで育つ。
当時日本のワインが余りにもコストパフォーマンスが悪く憤りを感じ、自身での輸入販売を開始。
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