3月18日の2つの裁判について
令和3年3月20日
村田光平
(元駐スイス大使)
皆様
2014年5月に福井地裁で関西電力大飯原発(福井県)の
運転を差し止める判決を言い渡した樋口英明元裁判長より18日の水戸地裁と広島高裁の判断について旬報社からの依頼に応えての寄稿文をお送りいただきましたのでお届けいたします。
市民の直観の重要性に関する私の返信を添えてご報告いたします。
この度の東海第二原発の差し止め判決の裁判長、そして前日の
札幌地裁、同性婚を認めないのは違憲とした判決の裁判官も女性でした。
樋口英明 先生
有難うございます。
市民の直観は原発に関しては専門家の知見より信頼できることが立証されているとの私見は
「学術論争ではなく理性と良識で判断すべきである」とのご指摘と完全に一致いたします。
意を強く致しました。
村田光平
村田光平 先生
先生のご活動にはたくさんの方が励まされていることと思います。私もその一人です。
18日の水戸地裁と広島高裁の判断について旬報社からのご依頼に応えて寄稿致しました。
お目を通して頂けますと幸いです。
樋口英明
東海第2原発判決と伊方原発仮処分異議決定について
1 はじめに
3月18日、午後2時に伊方原発差止め仮処分の異議審において広島高裁は再稼働を認める旨の決定を出し、同日午後2時半に水戸地裁は東海第2原発の再稼働を認めない旨の判決を出しました。
この正反対の結論が出た直接的な理由は、水戸地裁が原発事故に伴う避難計画に実効性がないことを重視したのに対し、広島高裁は避難計画に実効性がないことだけでは運転を差し止めることはできないとしたことにあります。
この点が両者の結論を左右した決定的な差です。
他方、両者共に規制委員会の審査には合理性があり、原発事故が起こる具体的危険性は認められないとした点では共通しています。
以下、この相違点と共通点について説明します。
2 避難計画の重要性について
原発の安全性を図るためには避難計画が実効性を持つものでなければなりません。しかし、原発事故が起こる具体的な危険性が認められないにもかかわらず、避難計画に実効性がないという理由だけで原発の運転を差し止めることができるかどうかについては争いがあります。
運転の差止めが可能だとする人は次のように主張します。「例えば、大型旅客船に救命ボートがなかったとしよう。その大型旅客船の構造、運航計画、運航技術、天候の問題を含め何らの問題点がなかったとしても大型旅客船に救命ボートがなければ出航することは許されないのである。原発は大型旅客船より高い安全性が求められることになるから、実効性のある避難計画がなければ運転は許されない。」
他方、運転の差止めはできないという人は次のように主張します。「大型旅客船において運航が許されないのは法律が明確に
救命ボートの設置を要求しているからであり、裁判所が原発の
運転差止めを認めるには運転によって危険性が生じるという証拠が必要で、救命ボートとは同列に論じることができない。」
水戸地裁は実効性のある避難計画がないという理由だけでも運転の差止めが認められるとしました。これは我が国で初めての判断であり、原発に極めて高い安全性を求める画期的なものだといえます。
これに対して広島高裁は避難計画に実効性が欠けるという理由だけでは運転を差し止めることはできないとしました。
もし仮に、伊方原発周辺の住民の数が少ないということがこの
判断の隠れた理由ならば絶対に許されないことだと思います。
3 原発事故の具体的危険性について
私がより深刻な問題だと思うのは、上記のように原発に高い安全性を求めている画期的な判決を下した水戸地裁の裁判官の目にも原発の具体的危険性が分からなかったということです。
広島高裁でも水戸地裁でも最も重要な争点は基準地震動(原発の耐震補強基準)が信用できるかどうかということであり、基準地震動を超える地震が来る可能性があれば危険であり、基準地震動を超える地震が来る可能性がなければ危険性が薄いということになります。
伊方原発の基準地震動は650ガルで、東海第2原発の基準地震動は1009ガルです。両方の裁判所で、これらの計算根拠が正しいかどうかを巡って学術論争が繰り広げられていました。
本来、住民側弁護士は「伊方原発には650ガルを超える地震は来ません」「東海第2原発には1009ガルを超える地震は来ません」というような地震予知はそもそもできないと主張しなければならないのに、計算方法についての学術論争を繰り広げていたのです。
そして裁判官は次の事実も知らされていなのです。
650ガルも1009ガルも我が国ではよくある地震で、
この程度の地震では新しい建物は倒壊しません。
にもかかわらずこの程度の地震によって、原発では断水や停電によってウラン燃料を冷やせなくなり極めて危険な状況に陥るのです。
避難計画の実効性を求めるほど原発に高度の安全性を要求している意識の高い裁判官が、住民側弁護士からこれらの原発事故発生の危険性の高さについて具体的な説明を実際に受けていたならば必ずこれを理解したはずです。
仮に、原発が3000ガルや4000ガルの耐震性があるならば法廷において学術論争が必要かもしれません。
しかし、600ガルから1000ガルの耐震性しかない原発の危険性を判断するには、学術論争ではなく理性と良識で判断すべきです。これらのことは私の著書「私が原発を止めた理由」で詳しく述べています。
裁判ではこれらの誰でも理解でき、誰でも納得せざるを得ない事実を裁判官に示さなければならないと思います。
そして、多くの人がこれらの事実を知ることによって、最高裁においても必ず原発の運転差止めの判決が出ることになると思います。