BIS論壇 No.362『日本の経済安全保障について』中川十郎 2021年12月14日
岸田政権は来年の通常国会で「経済安全保障推進法」の提出をめざすという。しかしこの法案は諸外国に比べると一回りも二回りも遅れている。筆者の情報研究の恩師スエーデン・ルンド大学のステバン・デジエル博士は45年前の1974年秋季のSocial Intelligence講座で「産業インテリジェンスの機密保持とスパイ」の講義を行い、機密保持の重要性を強調している。米国は25年前の1996年10月に最先端技術や企業の機密保持を目指し、厳しい罰則を定めた「経済スパイ法」“Economic Espionage Act”を定め、外国のために経済スパイの罪
を犯した者には50万ドル(5500万円)、懲役15年。企業、組織には1000万ドル(11億円)という厳罰を科す厳罰を定めている。(1ドル110円で換算)このスパイ法の第一号の適用は20年前の2001年5月10日、クリーブランドクリニックでアルツハイマー病の研究をしていた日本の化学者が研究資料を盗み出したとして化学者2人を起訴。身柄の引き渡しを日本に要求した。1980年代後半には東芝機械が工作機械をCOCOM規定に違反しロシアに輸出。ロシアが潜水艦のプぺラの消音に成功。米国潜水艦が追跡できなくなったとして東芝たたきを行い、東芝製品の対米輸出の1年間の禁止。全米主要新聞に謝罪広告の掲載を要求した。しかしその後の調査でロシアの潜水艦の消音は東芝の工作機械輸出前から実現していたことが判明。東芝はあらぬ濡れ衣を着せられたわけだ。30年後の中国華為(ファーウエイ)への米国の攻撃とも一脈通じるところがあるようだ。
一方、アングロサクソンの英国、米国、豪州、NZ,カナダによる衛星スパイ組織「ファイブ・アイズ」(別名暗号で梯子を意味する「エシュロン」とも呼ばれている)では1940年代の創設以来、軍事情報のみならず、経済情報も盗聴しているとしてかって欧州議会で大問題になったことがある。日本政府は23年度からの運用開始を目指し、ミサイルや艦船などの防御装備品などをめぐり、国が調達先などを審査する新たな仕組みを検討。機器から機密情報が漏れないよう、信頼性を厳格に調べるという。(日経11月21日)。法案の概要は「サプライチェーン」、「基幹インフラ」、「技術基盤」、「特許非公開」の4本だ。政府は内閣官房に省庁横断型の「経済安全保障法制準備室」を設置。通信やエネルギーといった基幹インフラでは政府が事前審査をする。中国を念頭に安全保障上の脅威となりうる国の製品が含まれていないか確認する。(朝日新聞11月17日)。12月10日閉幕した「民主主義サミット」で米バイデン政権は中国を念頭に「技術流出を防ぐための新たな輸出管理強化の枠組みを設ける」と表明。「輸出管理・人権イニシアテイブ」に欧米主要国を抱き込み、軍事転用が可能で人権侵害に結びつく技術について、中国などへの輸出管理の足並みをそろえる」、「各国は大学や研究機関での規制強化にも乗り出している」という。(朝日12月12日)。一方、
日本では警察当局も経済安保に力点を置き、警視庁は公安部に専門チームを置き、情報流出対策を企業に促すという。(日経12月12日)。朝日新聞は11月23日の社説で政府の介入が過剰かつ裁量的になれば、企業や研究者を委縮させ、競争をゆがめる。熟慮に基づく民主的決定こそが経済繁栄の基盤であると提言している。味読すべき言葉だ。 以上