原発への「武力攻撃」にはどんな安全対策でも無力ウクライナは稼働継続、原発高依存の危険
2022/05/24 7:34
原発に対する武力攻撃への備えを強化すべきだー。北朝鮮によるミサイル発射が増える中、原発への安全対策を求める声が強まっているが…。
ロシア軍の攻撃を受けたザポリージャ原発(写真:Press Service of National Nuclear Energy Generation Company Energoatom/AP/アフロ)
ウクライナ戦争後、「資源大国」であるロシアは世界のエネルギー秩序を崩壊させた。エネルギー資源の9割を輸入に依存する「資源小国」の日本は無傷ではいられない。
特集「エネルギー戦争」の第5回は、原発の利用拡大の声が強まる中で武力攻撃への対策に迫られる現状に迫る。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻では、原子力発電所が武力攻撃の対象となるという、歴史上初めての事態に見舞われた。
ロシア軍は、史上最悪の事故を起こして廃炉作業が進められているチョルノービリ(チェルノブイリ)原発および6基の原子炉を擁する欧州最大規模のザポリージャ原発を武力攻撃により占拠。チョルノービリ原発からは撤退するも、現在もザポリージャ原発を支配下に置いている。
そもそも、原子力エネルギーの発電への利用は「原子力の平和利用」の一環だ。核不拡散条約においても、原子力の平和利用は、核軍縮、核不拡散と並ぶ3本柱の1つとされている。平和利用は、他国を侵略しないという国際法の原則順守が大前提だ。
また、ジュネーブ条約では、万が一損傷した場合に住民が被る損害の大きさを理由に、ダムや堤防などとともに原発を武力攻撃することを禁止している。核不拡散条約およびジュネーブ条約のいずれもロシアは批准している。
しかし、今回ロシアが核兵器の使用を示唆するとともに、原発を攻撃したことは、第2次世界大戦後の国際秩序の根幹である原子力の平和利用の前提を、核保有国自らが崩壊させたことに等しい。そのことの重大性は計り知れない。
矛盾する日本の姿勢
ウクライナの危機的事態は、日本にとっても遠い国の出来事ではなくなっている。今年に入って、北朝鮮はすでに15回にわたりミサイルを発射している。韓国政府は、北朝鮮による核実験準備の兆候があると指摘している。
こうした中、日本国内でも原発に対する武力攻撃への備えを強化すべきだとの声が高まっている。自民党は4月26日に「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」を発表。自衛隊が原発の警護をできるようにすべく、法的な検討を行うことなどを提言書に盛り込んだ。
全国知事会も3月30日に、原発に対する武力攻撃への備えを強化するよう磯崎仁彦官房副長官に求めた。
しかし、原発はミサイル攻撃に対処できるようには造られていない。山口壯・原子力防災担当相(環境相)は5月13日の記者会見で「ミサイルが飛んできて、それを防げる原発は世界に1基もない」と発言。「戦争が起こらないように外交上の努力を強めることが最大のポイントだ」と明言した。
原子力規制委員会の更田豊志委員長も、原発が武力攻撃を受けた場合の対処は困難だとしたうえで、「著しい炉心損傷を伴う事故に至る可能性は当然ある」と3月16日の記者会見で述べている。
原発事故の再発防止のために発足した原子力規制委は、新たな規制基準に基づいて原発の安全対策を審査している。しかし、更田氏は同9日の会見で「武力攻撃を仮定して審査しているわけではない」とも語っている。
リスク低減に必要な手立てすらままならない
ウクライナをめぐる問題で憂慮すべきなのは、「武力攻撃を受けているにもかかわらず、原発の稼働が続けられていることにある」(原子力資料情報室の松久保肇事務局長)。その理由について松久保氏は、原発に依存するウクライナの電力事情や、政府と電力業界の関係の深さを指摘する。5月12日時点でもウクライナでは15基中7基の原発が稼働しており、発電量の約7割を原発が賄っている。
こうした現状について、松久保氏は「原発なしでの電力供給が厳しいことに加え、原発の電力が外貨獲得の手段となっていることが背景にある。エネルギー相も原発企業の元副社長が務めている」と解説する。
原発の稼働を停止すれば、核燃料が発する崩壊熱の熱量は急速に減少し、危険性は低下する。しかし、リスク低減に必要なそうした手だてすらままならないのが実情だ。電力事情が厳しさを増す中、日本でも自民党や経済界は原発利用を拡大せよとの声を強めている。
ウクライナの危機的な現状を日本は直視すべきだ。