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        道上の独り言

        幼年時代の旅行  「第8話 無機質なシンガポール」

        ________________________________________

         

        シンガポール到着。

         

        この国ほど、この旅行で印象の薄かったところも珍しい。

        実は現在のシンガポールも個人的には好きになれません。

        文化の香りが全く感じられない。

         

        以前香港編で登場した中国人のおばさんに、ここでもまた御馳走になったし香港タイガーバームガーデンのミニチュア版の様なものも在ったのだが印象がほとんどなかった。不思議です。

         

        もう40年(?)前にもなるでしょうか。

        客家(「はっか」中国の種族のひとつ)のリー・クアンユー (元シンガポール首相)がやはり客家であったタイガーバームの「ホー」一族をシンガポールに招聘し、その時香港の土地の値段は暴落。

        その代わりシンガポールにインフラが整ったと言われています。

         

        30年前、アジアの中心は日本だと思っていたが、多くの欧米のアジア代表支社がシンガポールに移ってしまった。生産力と裏腹に中継的な役割を担うように。

        だからでしょうか、何か人工的な、文化の香りがしない街としか感じられない。

        そう思うのは僕だけなのでしょうか?

         

        今でもレストランでは中身の感じられない創作料理が多いように思う。

        30年前だとシャングリラ・ホテルのスイートルームが2万円で泊まれたのに

        今はその10倍でも泊まれない。

         

        ただ当時は東京の法務省木造版の様な建物が多く、旧植民地時代を想わせる物も多くあった。今でも少し残っているのが、唯一の救いのような気がする。

         

        食は文化の反映又その継続性による物だと思っていました。

        だからここ10数年は中国本土のレストランで美味しいと思った事は無かった。

        腕の立つ料理人は文化大革命で身の危険を感じ香港へ逃げた。

        勿論特に優秀なコックは蒋介石が台湾に連れて行った。

        さらにその中の数人が日本に来た。だから日本の中華料理は世界一だった。

        ただ親が偉大な料理人だから子供もそうかというと、そうはいかない。

        日本の中華の味は昔に比べると味が落ちたと思う。

         

        香港では昔何処で何を食べても美味しかった。

        しかし最近は中国本土に引き抜かれるコックが多いと聞く。

        中国本土に味の分かる中国人がどれ位いるのだろうか?

        シンガポールに味の分かる人がどの位いるのだろうか?

         

        世界の常識では中華料理が世界一と言われている。

        何と種類にして400以上の料理が有るらしい。

        第二位がフランス料理でその種類は100ほど。

        何を基準に評価されているのかがよく分からないが。

         

        戦前の上海は中国全土の約83%を占める経済都市だった。

        さぞかし美味しい料理があったのでしょう!

        僕の父は戦前上海の(現交通大学の中にあった)東亜同文書院で6年間教鞭をとっていました。その昔孫文なども教えていた学校だった。

         

        その当時父は世界一栄えた大都市のフランス租界へ行っては美味しいワインを飲んでいたそうだ。当時フランス人のコックが上海に来ると母国の3倍の給料を貰っていたそうな・・・。そんな中国からも大勢がシンガポールに逃げるように移民したそうです。

         

        季節の無い国だからでしょうか、

        料理にきめ細やかさが無いように思えてしょうがない。

         

        それとも 香港、ベトナムと衝撃が強過ぎたのだろうか?

        兎に角シンガポールの記憶がほとんど無い。

         

        そのシンガポールを出ると船はコロンボ(セイロン、現スリランカ)に向かう。

         

         

         

        【 道上 雄峰 】

        幼年時代フランス・ボルドーで育つ。

        当時日本のワインが余りにもコストパフォーマンスが悪く憤りを感じ、自身での輸入販売を開始。

         

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