2022年6月5日
話のタネ ー 三大危機と節約
元国連事務次長・赤坂清隆
ウクライナ危機が長引いていますが、その影響が多方面に表れています。特に, 石油や天然ガスなどのエネルギー価格の高騰や、小麦の供給不足などが大きなニュースになっています。地球温暖化問題もすでに深刻です。そこで、今回の話のテーマは、目前に迫りつつあるエネルギー危機、食料危機、環境危機の三大危機を取り上げてみたいと思います。「そんなに大ぶろしきを広げて!」とお𠮟りを受けるかもしれませんが、詳しいデータはインターネットに任せて、「節約」という共通の切り口から、私たち個人は何ができるのかに絞って、「話のタネ」にしてみたいと思います。
エネルギー危機も、食料危機も、さらには気候変動危機も、もとをただせば、私たちが大量生産、大量消費、大量浪費をしていることに大きな原因があるのですね。エネルギーや食料の消費を節約すれば、危機をかなりの程度緩和できる余地がある気がします。
ご存じの通り、日本の人口は世界の1.6%に過ぎないのに、
石炭、石油、天然ガスなどのエネルギー(一次エネルギー)の消費量は、世界の3.0%(2020年)と、世界平均の倍近いのです。飢餓に直面する途上国が多数ある一方で、日本を含む先進国では、食料が大量に廃棄されています。
5月8日付の「週刊東洋経済」は、エネルギー戦争と題する特集を組んでおり、有益な情報が盛られています。日本は、エネルギー自給率がわずか11%でしかなく、残りの9割近くを海外からの
輸入に頼っています。ロシアによるウクライナ侵攻と、これに対する欧米諸国や日本などによる経済制裁の影響で、今、石炭、石油、天然ガスなどのエネルギー供給に大変な波乱が起きています。
幸い、日本がロシアから輸入してきた石炭、石油、天然ガスの量は、それほど多くはありませんが、ロシアからの石油や天然ガス輸入を止めるとなると、欧州諸国、特にハンガリーやドイツなどにとっては大変で、大騒ぎをしていますね。
現下のエネルギー危機に対応するためには、輸入先の移転や再生エネルギーの増大など、供給面の対策も重要ですが、上記「週刊東洋経済」では、フランスの思想家・経済学者のジャック・アタリ氏が、「最良のエネルギー政策は、エネルギーの消費を減らすこと」と説いています。省エネのヒントとして、非物質的な活動を育成すること、すなわち、読書、執筆、会話、音楽、映画、茶道、スポーツなどのエネルギーを必要としない活動にもっと力を入れることだと言っています。もっと芸術、文化、スポーツにいそしめという
フランス人らしい発想ですね。エネルギーを必要とする活動で、
私たちに身近なものと言えば、例えば、電気消費量の多い冷暖房、24時間営業のコンビニ、夏の高校野球のテレビ放送、ショッピング、ウオッシュレット、海外旅行、マイカーによるドライブなどでしょうか?えっ?これらを減らせというのですか、アタリさん?
このエネルギー消費の節約というのは、言うは易しくて、実行はなかなか難しいですね。特にこれから、猛暑の夏を迎えて、「冷房なしには死ぬ!」という若い人も多いと思います。ある若い日本人女性がフランスのパリを訪問して、「面白くなかった」と言ったそうですが、その理由は、ウオッシュレットがなかったからだとか。それでも、冷房は使わず、家を開けっぴろげにして夏を過ごすという豪の大先生もおられ、私が知るその方はずいぶんと長生きされていますから、自然と共に生きるというのは健康のために良いのかもしれません。昔は、冷房などなくて、すだれ、昼寝、かき氷、スイカ、そうめん、夕涼みで暑い夏をやり過ごせたのですから、
またやらねばならない時が来たなら、できそうな気がしないでも
ありません。ちなみに、私は最近、友人の一年を通じた慣行を真似て、冷水シャワーを朝夕にするようにしております。気持ちが良いのと、これからの夏の冷房時間短縮にも役立ちそうです。
国連の「平和のためのメッセンジャー」の一人に、チンパンジーの研究で有名な、英国の動物行動学者ジェーン・グドールさんがいます。私は、彼女から、日常生活での消費に関する大変重要な指針を教えられました。彼女は、何を買うにもまず、「それなしで済ませられないの?」(Can I do without it?)と自問自答するというのです。答えがイエスであれば、買うことを思いとどめるそうです。彼女はその指針を世界中で説いて回り、彼女に賛同した人たちが、ミンクのコートやフェラーリ車の購入を思いとどまって、
彼女の財団に大金を寄付してくれたという話です。私も、デパートやビックカメラ店、スーパーマーケットなどに行った際は、
この質問を自分にすることにしており、その結果無駄な消費をずいぶん減らすことができました。
浪費を制限するということでは、食料危機への対応も同じです。現在、世界食料生産量の3分の1にあたる約13億トンの食料が毎年廃棄されています。農林水産省のデータによると、日本国内の食品廃棄量は、消費全体の3割にも及んでいます。売れ残りや
消費期限を過ぎた食品、食べ残しなど、本来食べられたはずの食品のロスは、日本国内だけで約570万トン(2018年度)にも上ります。その半分近くが、なんと家庭から出されている食品です!日本人一人当たり、毎日、お茶碗一杯分の食べ物を廃棄しているのです!まったくもって、もったいない話です。以前、ブラジルの
サンパウロで、パナソニックの現地の社長さんから耳寄りな話を聞きました。現地工場の食堂でのランチの際、ブラジル人労働者の食べ残しの多さに業を煮やし、対策として、お皿に食べ残しがなかったらクーポンを与え、それがたまったら賞品を出すことにしたそうです。そうしたら、食材が4割近くも減ったということでした。
アイデアの勝利ですね。
脚本家の倉本聡さんが、文藝春秋6月号に、「老人よ、電気を消して「貧幸」に戻ろう!ー浪費とはおさらば。子孫のために地球を洗い直す」という記事を書いていますね。彼が言うには、老人にはこれまで地球を痛めつけ環境危機を招いてしまった責任があり、
贖罪する義務がある、スマホ、テレビ、ニュース、暖冷房、掃除機、洗濯乾燥機、車、買い物、コンビニ、ミネラルウオーター、
テイシュペーパー、ウオシュレット、ネオン、延命医療など身近なものからチェックし、洗い直し、取り除こう、貧しくとも倖せだった50年、60年前の過去へ戻すのだ、バック・トウ・パースト!私など、共感することばかりです。文藝春秋は、倉本さんの提案を受けて、読者がどんな工夫をしているかという「貧幸時代」の実践例とアイデアを募集して、8月号に掲載するということです。楽しみですね。
いずれの危機についても、「節約」が必要だと申し上げましたが、「節約」にも大きな問題が二つあります。一つは、個人としては、「節約」して、余ったお金をどう使うのかという問題です。
ビジネスコンサルタントの大前研一さんは、すでに日本人は、貯蓄し過ぎで、亡くなるときには一人平均で3,500万円も残して
あの世に行くと嘆きます。だから、老人はもっと消費しなければ、国の経済は良くならない、と。節約して、耐え忍んだ結果、大金を残してあの世に行くのは悔しいではないかという問題提起ですが、これは、むしろぜいたくな悩みですね。残した大金については、
家族や税務署がちゃんと面倒を見てくれるでしょうから、
あまり深刻に心配することはない気がします。
もう一つの大事な問題は、「節約」すなわち個人消費の減少が、国全体の成長を低下させ、結局は、年金や健康保険、介護保険などの運営を困難にするのではないかという問題です。確かに、消費が伸び悩めば、投資も減るでしょうし、国民所得は小さくなりますね。「新観光立国論」で有名な在日英国人アナリストのデービッド・アトキンソンさんは、6月3日付日経新聞に、「日本の病は「供給過剰」にあり」との寄稿文を寄せていますね。日本は、消費が活発な生産年齢人口(15~64歳)が減少し、商品を買う人が少なくなって慢性的な供給過剰状況に陥っているとして、解決策は、イノベーションしかなく、新しい商品を開発して、新しい需要を発掘するしかないとの提言をしています。この説だと、老人だけでなく若い人も、さらに節約するというのは、低成長にあえぐ日本の病を一層悪化させることになりかねないですね。
国連主導のSDGs(持続可能な開発目標)の12番目の目標は、「持続可能な生産と消費のパターンを確保すること」です。
2030年までに達成することが目標です。そのターゲットとして、消費については、食品廃棄物を半減させるとか、削減、リサイクル、および再利用のいわゆる3R、自然と調和したライフスタイルを確保することなどを掲げています。一過性の対策や、何でも
かんでも消費を減らせばよいというのではなく、「持続可能な消費パターン」というのが必要なのですね。私のOECD(経済協力開発機構)時代の経験では、持続可能な消費パターンというのは、持続可能な生産のパターンよりも大企業などからの抵抗が強かった気がします。生産についてだと企業の業績は上がりますが、消費だと、贅沢品の買い控えなど、企業の業績にマイナスの影響が出てくるからと思われました。いずれにせよ、「持続可能な消費」というのが、キーワードでしょう。
一個人としては、節約が個人および社会の健全な発展のために
貢献するとしても、国民全員が節約に一丸となって努めると、企業や国全体の経済発展にはマイナスの影響が出るというのは、頭の痛いデイレンマですね。どなたか、この問題を「話のタネ」にしていただいて、良い知恵を授けていただけませんか? (了)。