スパイ小説そぞろ歩き(上)(ヒギンズ、モーム)
- 公開日: 2022年5月25日
元駐バチカン大使 文明論考家 上野 景文
混迷を深めるウクライナ戦争の中で、米国を筆頭とする西側の情報・諜報力が俄然脚光を浴びている。振り返れば、東西冷戦の終結以降、この30年間、小説の世界でも、スパイが暗躍する「場」は、東西間の葛藤から、中東・イスラム関係、テロ関係、武器商人、産業スパイ等にシフトして来ている。が、今回の戦争勃発は、そうした流れを変えることになるものと予感される。すなわち、今回の侵攻をきっかけに、冷戦型(米英vsロシア)諜報戦と言うテーマが、小説の世界で再浮上することになるのではないか。併せて、1960‐90年代まで人気の高かったル・カレ、フォーサイス等々、対ソ「諜報戦争」を描いた名作が改めて顧みられるようになるものと見る。
それはそれとして、私は、80年代から2000年頃まで、英米の作家を中心に多くのスパイ小説を読んだ時期があった。当時、週刊文春は毎年年末にその年の内外の秀作ミステリー・ベスト10を発表しており、参考にしたものだった。
以下、スパイ小説が扱うテーマを、対ドイツ戦、対ソ連戦に仕分けの上、4人の作家(J.ヒギンズ、S.モーム、G.グリーン、F.フォーサイス)につき、上下2回にわたり思い出をお話しする。なお、愛読した本の大半は、とっくに処分済みなため、本稿は20‐40年前の記憶によるものである点、お断りしておく。
- 対ドイツ(1):独軍、チャーチルに迫る・・・・・・・・J.ヒギンズ
4月上旬、ある英国の老作家が英領ジャージー島で92歳の生涯をひっそりと終えた。このジャック・ヒギンズの逝去を伝える共同電の記事は、ヒギンズが日本では(特にインテリ層には)知られていない存在であることを反映してか、極めて小さなものであったが、私には懐かしい名前であった。ヒギンズは、多くのスパイ小説、テロ小説を手掛け、大衆的人気は高く、映像化された作品も多い。日本で言えば、ジャンルは違うが、西村京太郎、内田康夫と言ったところではないか。本は読んでいなくても、TVドラマではお馴染み、と言う意味で。
そのヒギンズの代表作は、“The Eagle Has Landed (鷲は舞い降りた)”(1975年)だ。40年近く前だったと思う、週刊文春の記事で知り、ペーパーバック版を入手、読み始めたら頗る面白かった。それに、平易な英語で、言い回しも素直で、苦労なく読める。
この代表作、簡単に言えば、二次大戦下、ナチス・ドイツは、劣勢を挽回するべく、チャーチル首相を英国国内で誘拐する計画を立て、英国に「決死隊」を送り込んだ、と言う筋立てだ。同隊は、ポーランドの空挺部隊を装って、チャーチルの来訪が予定されているノーフォーク州に降り立つと、スタドレイ・コンスターブルと言う村(実在しない)で諸準備を始める。村民はかれらを(亡命中のポーランド兵として)温かく迎えたのだが、或るアクシデントをきっかけに、その素性がばれてしまう。ドイツ部隊を指揮するシュタイナー大佐は、とっさの判断で村民を教会に連行、缶詰にして、村を封鎖したのだが、地域に駐屯する米軍部隊がこれを察知し、教会を巡り米独の攻防戦が始まる。その間、大佐は教会を抜け出し、同地訪問中のチャーチル首相の宿舎に忍び込み、ついに首相襲撃に成功するも、その瞬間、護衛隊の反撃にあい、銃殺される。他方、大佐が襲撃決行に至るまでの間、時間稼ぎをするべく、教会で頑強に抵抗したドイツ兵は全員戦死する。で、最後はドンデン返し。殺されたチャーチルは実は「にせもの」で、本物は、テヘラン会議出席のため不在であった、とのオチをもって話は終わる。
この作品は、名優M.ケイン、D.サザランドの共演で映画化されたことで、世界的に大ヒットし、以降、ヒギンズの作品は、その多くが映画・TV化されている。後年のヒギンズの作品は、(ミロの晩年の作品の多くが、かつてバルセロナで感じたことであるが、「薄っぺらい」と感じさせたのと同様に)中身が「薄い」と感じさせるもの、英国風の「粘っこさ」を欠くものが少なくないが、この作品に限っては、しっかりとしたコクがある。
では、この作品の持ち味は何か? 個人的な因縁を含め、4点挙げておきたい。
先ず第1はスリル感。推理小説で、警察に追われている犯人が、今捕まるか、今捕まるかと、読者をしてハラハラさせる中、何とか逃げ通す場面に、スリルがあるのと同様、ヒギンズのこの謀略小説(大雑把に言えばスパイ小説)でも、連合軍兵士に化けたドイツ兵が、どこまでだまし続けることが出来るかが、読者にスリル感を与える。敢えて一般化すれば、スパイ小説の興味は、双方「だまし合い」が続く中、いつばれるか、もうばれるのではないか、と読者に緊張感を強いるところにあるのであろう。そうだとすれば、この心理戦、知力戦こそが、スパイ小説に醍醐味を与えていると言うことだ。なお、この緊張感、最近27年ぶりに再読したG.グリーンの“The Human Factor”でも味わえる(後述)が、グリーンのストーリーの展開は、ヒギンズに比べ、より緻密、より深みを感じさせる。
第2点は、焦点の当て方。一般的に言って、この種の戦争・スパイものでは、自国の人物(この場合、英国)に照準を合わせることが習いのようであるが、この作品は、最初から最後まで、ドイツ人に焦点を合わせており、特にスタイナー大佐はかなり好意的に描かれている。逆に、英国人は脇役にとどまっていることが特徴的だ。加えて、ドイツ軍は、ベルリンで大学教師をしているIRA系のD.デブリンを先ず英国に送り込み、ドイツ部隊の補佐をさせるが、このデブリンについても、細かく描写しており、まずまず好意的な扱いだ。更に、村民を閉じ込めた教会がカトリック教会で、国教会でないことにも、おや(?!)と感じさせるものがある。と言うこともあり、発刊当初、英国では、ドイツやIRAに好意的だとの批判が一部で聴かれた。
実は、ヒギンズの他の諸作品でも、アイルランド人、それも、IRAシンパの人物が、しばしば登場し、活躍する。かれらは、パブに行くと、必ず、ブッシュミルと言うアイリッシュ・ウィスキーを注文する。20数年前、北アイルランドに行ったとき、パブでブッシュミルが供されたときには、ヒギンズの作品を思い出した。更に、彼は、北アイルランドを舞台にした作品も多数作っている。これは、ヒギンズの母親が北アイルランドのベルファースト出身で、同人自身、子供の頃10年弱ベルファーストで育ったことを反映するものであろう。本人は、自分はプロテスタントだと言っているが、私は、「隠れカトリック」で、なおかつ、IRAに親近感を感じているとの印象を持っている。ヒギンズの作品に時として哀愁を感じるのは、そうした背景によるものだろう。なお、作品名は思い出せないが、ある作品に、二次大戦時、IRA系の人物が、(ドイツだけでなく)スペインやポルトガルでも活動していると言うくだりがあった。「へー、そういうことがあったのだ」と教えられたことを思い出す。
第3は、舞台となったノーフォーク州について。同州は、ケンブリッジ州の北東にあり、50年前ケンブリッジ大学の学生だった時分、何回かドライブしたことがある。特に、ドイツの部隊が駐屯したとされる地域は、何回か通過したことがあり、その意味で、この地域には親しみを覚えている。すぐ北、北海沿岸は、南海岸ほどではないが、チョークの白い崖が所々続いており、フォトジェニックである。
因みに、ロンドンの北から北海までの地域はイースト・アングリアと呼ばれ、ケンブリッジ州を含め、山らしい山がなく、真っ平、のっぺりした低地が続く。「アングリア」と呼ばれるのは、アングル人が、ジュート人、デーン人などと共に、ユットランド半島から侵入し、住みついたことによる。真っ平らな低地と言うことで、水はけが悪く、fenと呼ばれる沼沢地が多い。このため、4‐5世紀前から、多くのオランダ人技術者が入植して、干拓や運河建設を手伝った。ために、イースト・アングリア北西のリンカーン州には、何とHollandと言う名前の地区がある。おそらく、イースト・アングリアは、北欧人やオランダ人、更に、シュタイナー大佐のような北部ドイツ人から見ると、本国と似ており、違和感はなかったのだろう。
更に脱線するが、私がかつて勤務した国(地域)には、オランダ人が先鞭をつけたところが幾つかある。先ずニューヨーク。元々、ニューアムステルダムであったことは周知のところだ。また、在メルボルン総領事だった時には、タスマニア州も担当していたが、この地域に最初に足を踏み入れたタスマンはオランダ人であった。否、豪州自体、かつてはNew Hollandと言われており、「オーストラリア」と命名されたのは19世紀になってからのことだ(1824年)。はっきりしていることは、何れのケースについても、オランダ人の挙げた成果は英国人が奪ってしまったと言うことだ。チーターが汗をかいて手に入れた獲物を、往々、ハイエナが横取りするのと同じ構図だ。
第4点として言いたいことは、人々の関心の推移。ヒギンズのこの傑作が出されたのは1975年、つまり、戦後30年。と言うことで、まだ戦争の記憶は鮮明だった時期であり、対独戦を扱う小説への関心はまだ高かったものと思われる。が、戦後80年近くを経た今日、英国であれ米国であれ、対独戦への一般的関心は薄れたものと考えられる。否、対独戦はもとより、対ソ冷戦の記憶すら、風化しつつあるのかも知れない。
とすれば、今後、このヒギンズの作品を含め、対独諜報戦を描く作品は、忘れ去られるのかも知れない。が、ドイツ絡みと言うことで言えば、二つの傑作—――K.フォレットの“Eye of the Needle(針の眼)”とF.フォーサイスの”The Odessa File(オデッサ・ファイル)”―――だけは消えて欲しくない。
前者は、英独間の情報戦を描いた秀作であり、連合軍の再上陸地点(ノルマンディー)についての極秘情報を掴んだ英国にいるドイツ人スパイであるH.フェイバー(コードネームは「針」)が、この機密情報を携行し、ヒットラーに直接報告するべく本国に戻らんとする。これを察知した英国諜報部との暗闘が続くも、フェイバーは冷徹な判断と残忍さをもってそれらを凌ぐ。が、更に試練が続き、結局目的を果たせなかったと言う話だ。多分に実話に基づくと言われている。
ところで、英独間の「化かし合い」については、ドキュメンタリーやノンフィクションが多く取り上げている。フォレットの作品でも触れていたと記憶するが、連合軍は、(フランスの)再上陸地点、規模、タイミングにつきドイツ側に誤情報を信じ込ませるべく、英国にダミーの飛行場(滑走路だけでなく、格納庫等の施設も設けた)、ダミーの飛行機(木製ないし段ボール製)、ダミーの爆弾まで創った。ドイツ軍も同様の手立てを講じていた。ただ、全体としては、英国側の計略(disinformation)がまさっていたようだ。この化かし合いは、戦後は、「英米vsソ連」と言う形で引き継がれ、多くのスパイ小説を生む素地を提供した。何やら、ウクライナを巡る情報・諜報戦を彷彿とさせる話である。
次に、「オデッサ・ファイル」であるが、これは、連合国vs ドイツの戦いではなく、ドイツ人vs ドイツ人の戦い(それも、戦後のこと)の話だ。イスラエルのモサドを含め、戦後潜伏した旧ナチス戦犯を追跡する勢力と、これに抵抗する親ナチ自衛秘密組織(オデッサ)の間のせめぎ合いを背景に、一人の青年記者ペーター・ミラーが、ナチスの元幹部を追跡する物語だ。ミラーは、ユダヤ人の扱いを巡るトラブルから自分の父親(ドイツ軍将校)を殺害したオストラントの強制収容所長ロシュマンが、国内に潜伏していることを突き止め、ロシュマンと対決するべく、追跡を始める。これを阻止しようとするオデッサとの間で、死闘・暗闘が続き、何度も命の危機に晒されるが、モサドの支援もあり、遂に目的を果たす。
詰将棋のように、ミラーがじわり、じわりとロシュマンを追い詰めてゆくその展開は、刑事が犯人を追い詰めてゆくサスペンスドラマ並みのリズム感と迫力があり、30年ほど前のことだったかと思うが、興奮しつつ一気に読んだ。その間、バッハのマタイ受難曲のCDを何回も聴き続けたのだが、何故か、「オデッサ・ファイル」の展開と受難曲のメロディーが融合することで、私を包み込んだ。不可思議なひと時であった。
- 対ドイツ(2):古き良き時代・・・・・・・・・S.モーム
今や、馴染みの方は少ないと思われるが、S.モームにも簡単に触れたい。このモームは秘密情報部(SIS、MI6)に属していた時期があった。その経験をもとに、モームはアシェンドンなる諜報員を創り上げ、一次大戦期のジュネーブに「配置」した。アシェンドンの仕事は、敵国ドイツの動向を、中立国スイスから注視し、これをパリにいる上司に報告することだ。
ただ、40年ほど昔に読んだアシェンドンものには、オペレーション絡みの活劇的なものはなかったと記憶する。むしろ、アシェンドンが住み込んでいたスイスのホテルで出会った欧州の貴族や中東の王族、更には、英国の外交官などとの交流の模様、或いは、かれらから聞き取ったゴシップや情事などを、さらっと描いている。スパイ小説と言いつつも、英独間の深刻なスパイ戦の話は少なく(従って、ハラハラドキドキさせられることもない)、両国が戦争をしていたとの張り詰めた「空気感」は小説からは感じられない。と言う中で、若干であるが緊張感があったのは、愛国心のかたまりで、英国が好きでないと思しきあるドイツ人婦人にアシェンドンに対しこう語らせたところだ。「あなたの国には、美術であれ、ファションであれ、音楽であれ、ろくなものがない・・・・・翻って、ドイツスには優越的な科学、芸術、文化がある・・・ドイツは、かつてローマがそうであったように、それらをもって各国に恩恵を与えたら良い・・・」と。何やら、10-15年後のドイツの興隆を想起させるセリフだが、モームは、彼女の発言に強く反発するでもなく(さりとて、好意的ではないが)、あっさり語らせている(ところが、面白い)。と言う次第で、総じて雑談的な話が多く、ひねった筋立てもなく、(グリーン的な)深刻さもない。平易な英語、平易な語り口であるので、モームには失礼かもしれないが、寝ながら暇つぶしに読むのには格好だ。
このほど、数話読み返してみて、ひとつ気づいたことがある。それは、作品の中で、アシェンドンをして他の登場人物(多くは、英国人もしくは大陸欧州人)を「値踏み」させるくだりが多いと言う点だ。誰それの風貌はどうか(肌や頭髪の色が白いか、ダークか、鼻の形状はどうか、口の形状はどうか、背丈は高いか、低いか等々・・・)、ノーブルに見えるかどうか、親戚関係を含め、然るべきバックッグラウンドがあるかないか、庶民クラスか、どのような教育を受けたか等、多岐にわたって「値踏み」する。アシェンドンは、その値踏みをベースに、その人物が、社会の中でどのレベルにあるかを計算し、付き合うに値する人物か、判断する。おそらく、モーム自身、そのような意識を有していたのであろう。
思うに、この「階級コンシャス」的意識は、モーム(1874年生まれ)が活躍した一次大戦の頃までは、英国では普通のことだったのだろう。階級社会性がまだ堅固だったことを背景として。白人の間にも明確な線引きがあったということだ。
なお、モームは、人種についても書き綴っている。“The Alien Corn(変わり種)”という作品がそうであった。あるユダヤ系財閥の両親が、金髪で「英国人っぽい」風貌の息子に英国の名門との婚姻を求め、「英国化」を迫る。が、かれはそれに反発、最後はユダヤ的アイデンティティーに回帰する、という話だ。詳細は省くが、私には、ユダヤ系を見下す作者の視線が感じられた。百年前の英国社会は、そんなものだったのかも知れない。
かかる意識は、30年ほど若いG.グリーン(1904年生まれ)の作品(後述)では目につかない。もっとも、Ox-Bridge以外の大学出身者を「見下す」セリフを、グリーンは、さる作品の中で、登場人物に語らせているが。更に、L.デイトン(1929年生まれ)(後述)では、逆転し、作品の中ではあるが、SISの叩き上げ職員に、Ox-Bridge出身者、特にパブリック・スクール出身者への反発を語らせている。叩き上げのデイトン自身、そうした反発を感じていたのであろう。
〔以下、「スパイ小説そぞろ歩き」(下)に続く〕