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        愚息の独り言

        「フランスでの生活 第20話 フランスの小学校」

        ________________________________________

        これから家族で住むパリ郊外の家に到着する。

        金網の門をくぐると50坪ほどの庭があり。その庭をコの字で囲むように3件の家がある。右側に住んでいるのは1階がフランス人家族、その上2階には

        スペイン人家族が住んでいた。

        毎朝雨戸を開きながら歌うスぺイン人の奥様の美声が聞こえて来る。

        フランス人で歌が上手だと思った事はないがスペイン人の多くの歌上手が通説であった。ご主人は大工さんだった。

         

        又左側には元外人部隊のおっさん夫婦の家。

        外人部隊に入ると最前線に送り込まれる。

        そのかわり定年になると多額の恩給がもらえしかもフランス国籍が入隊時にもらえる。

        左隣のおっさんはフィンランド人だと嘘を言って入隊したそうだ。

        彼はコルシカ島生まれのフランス人だがパスポートなど一切の身分証明が要らない。犯罪者などが隠れ蓑として入隊する事が多かった。

        しかしよく伊勢海老だとかステーキだとかおいしそうな物ばかり食べていた。

         

        そのど真ん中に位置するのが我が家であった。

        一軒家の石段を上がり玄関口を入るとすぐ台所兼食堂。

        右に母と姉志摩子の部屋。 左の部屋が応接間兼父の寝床(ソファー・ベッド) でその奥にトイレ兼風呂場といった造りだった。

         

        全ての部屋が木製フローリングだったが、台所兼食堂は下がタイル張りで冬は玄関からの風が入って来て寒かった。 その食堂の奥に階段が有り、二階が僕の部屋、そしてその隣が屋根裏部屋で物置に使った。

         

        冬が近づくと隣の旧外人部隊兵のおっさんから暖房の入れ方を教わった。

        まず、焚口の中に灰が多ければ灰を先に捨てる。

        暖房用のボイラーへ、かんな屑を新聞紙で巻いて投げ込む。 その上に薪をくべる。

        薪にしっかり火が付いたら石炭を入れる。

        その石炭が轟々(ごうごう)と燃え出すと、その上にあるタンクの水が沸きだす。

        その熱いお湯が各部屋のセントラル・ヒーティングへと繋がっていく。

        急いで各部屋のスチームの栓をひねりバルブを開けた。

        そうすると急激に部屋が暖かくなってくる。

         

        地下室には石炭と薪が山積みになっている。

        ここがワインの貯蔵には最適なのだ。

        振動は無い、暗い、温度は一定、湿度も一定。

        ここに比べると機械のワインセラーなど最悪の代物だ。

         

        フランス到着は夏だった。近所の原っぱに散歩に行った。

        そこで生意気そうなフランス人少年とすれ違った。

        生意気そうに何処へ行くんだとやたらに聞いて来るがこちらはフランス語が全く分からない。 その内もみ合いとなって彼を地面に叩き潰し彼は鼻から血が噴出した。その内彼の仲間が5~6人駆けつけて来た。 僕は慌てて逃げ帰った。

         

        フランスの9月は新学期。小学校は5年制、中高等学校は7年制。まるで戦前の日本。 中高等学校へ行かない者に(Fin d’etude ) と言う二年復習のクラスもあったが、 当時殆どの生徒は小学校卒業後働きに行っていた。

        高等学校を卒業するもんなら新聞に載った。

        当時日本の大学生の数はヨーロッパの学生の数よりも多かった。 日本のソニーの工場で働く女性工員の70%以上が高卒だと聞いてフランス人はびっくりしていた。

         

        僕は小学校1年に入った。小学校1年は幼稚園へ行かない者の為のクラスだった。

        一年生の授業は「猫の名前は?」「ミ!ミ!」 こんな調子だ。

        「先生に誰か答えてくれますか?」と言われると一斉にマダム!マダム!と、手を挙げるのではなく肘をテーブルに付けたまま人差し指を上に向ける。日本とは大違いだ。 日本の小学校では「はい!先生は~い!」と言って手を挙げる。

        見ようによっては「ハイル・ヒットラー!」?

         

        そこの小学生の帰りに迎えに来た母親に「ママ!ママ!顔に凹凸がない子が学校に来た」と言ったそうだ。フランス語の全く分からない僕は後で聞いてわかったのだが、ただ妙に納得した。 当時のフランスに日本人は殆どいなかった。

        アジア人は中国人とベトナム人だけだった。

        フランスの小学校では親が送り迎えするのが当たり前だった。

        愛媛県八幡浜では保育園ですら一人で通っていたが、ここは大都会。

        運動場はコンクリートで運動靴で学校に来るものはいない。

         

        ここでは給食がめちゃくちゃ美味かった!

        日本のアルミ茶碗に載っかっている冷えた野菜や消しゴムの様なチーズとは違って暖かい食べ物が多く、しっかりした肉、温野菜、どれをとっても美味しい。

         

        ちなみにフランスの学校は殆ど公立である。

        授業料は取られないうえにノート、本、ペンまで支給される。

        机はやや傾斜していて右端にインク入れが有り、そこにペン先を突っ込んでそのインクで書き取りをする。

        ある日クラスの先生に小学高学年の算数の計算、中学生の数学の問題、高校生の微分積分の問題を提示され 見事に正解の答えを書いたため、それが学校で問題になってしまい、1年から5年生に上げられた。 フランスは3年遅れているもの、3年早く卒業するものもいた。 しかし僕は肝心のフランス語が出来ない。

        授業についていけないので、結局3年生に落とされた。

         

        そんな中、変な事件が起きた。

        フランス到着後喧嘩をした少年はこの小学校の番長だった。

        今度はその副番長と喧嘩になり、それが大きな波紋を呼び 僕は退学となった。

        その為二年目からは別の小学校復習のクラスに入ることとなった。

         

         

         

        【 道上 雄峰 】

        幼年時代フランス・ボルドーで育つ。

        当時日本のワインが余りにもコストパフォーマンスが悪く憤りを感じ、自身での輸入販売を開始。

         

         

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