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        「フランスでの生活 第27話 パリでの毎日 7」

        ________________________________________

        僕はフランス到着後自分の将来に不安を感じ、

        さらに父との生活の圧迫感から来るストレスに耐えきれず、

        日本へ単独帰国する事を決めていた。

         

        渡仏半年でその旨を父に伝えたところ

        日本へ帰って一人でどうするんだと言う事になった。

        父はそれなら「母と一緒に帰るように」と言ったが母は

        「私はフランスに残り一旗揚げたい」と言った。

         

        仕方なく姉志摩子が一緒に帰ると談判したところ

        父は 日本に帰ってどうやって暮らすのだ、小学生の雄峰と君(18歳)がどうやって暮らしていくのだ、と 姉は何でもやって行くと訴えたが、取り合ってくれなかった。

        それにしても母の自分のことしか考えない言動に 姉も僕もびっくりした。

         

        渡仏1年半経った頃又その件を僕が蒸し返した。

        父は僕の事を全く認めていなかった。

        当時道上先生の御子息を養子に欲しいと言う要望があちこちから来ていた。

        僕はフランスがフランス人が嫌いだった。

        どんなことが有っても日本へ帰りたかった。

         

        ひとまず うやむやにされた後 父親の弟子(体育の先生)が企画する冬山のヴァカンスに参加することになった。 場所はモンブランの麓にあるシャモニー。

        モンブランと言うとヨーロッパ一の標高4,810mアルプスの最高峰の山である。

        その麓にシャモニーと言う海抜1,035mの有名な街が在った。

        僕は今までスキーなどと言うものはやった事が無い。愛媛の山猿。

        これが生まれて最初で最後のスキー。

         

        ヨーロッパ最大の氷河が毎年1メートルずつ下降しているそうだ。

        町にはショスール(靴という意味)の名を持った人の銅像があった。

        彼が歴史上モンブランに一番最初に登頂した人だそうだ。

        フランスはスキー場が多く、アルプス、ピレネだけではなく他にもあるそうだ。

        だからだろうか、滑っていても誰とも会わない。

        日本のスキー場の様に芋を洗うような状態では無い。

         

        天気の良い日には上半身裸で滑っている人達もいた。

        ホテルでの食事も美味しく子供は僕だけで皆大人ばかり。

        一度皆で数百メートル降りて行ったところ道なき道となり、

        元の場所に引き返さなければいけなくなった。

        雪の中を登るのは大変だった。遭難したかの様だった。

        それはそれ皆這うようにして滑らずロープウェーで戻ってきた。

         

        戻ってから僕は別グループの人達とバレーボールをやっていた。

        それを見た我がグループの人たちは僕の疲れ知らずに唖然としていた。

        僕は僕で頂上までの道すがら皆に御迷惑を掛けておきながら、

        戻ったばかりのホテルでバレーボールをやっていた事に後ろめたさを感じていた。

        頂上に戻るさいに子供の僕は歩幅が狭く皆から遅れをとり、ずいぶん待たせてしまった。 ホテルに戻った皆は疲れでぐっすり爆睡していたが、僕は子供、疲れるのも早いが、回復も早かった。

         

        夜ホテルのレストランの入口で皆を待っていたら、

        凄い美人のマダムが来て僕の事を可愛いと言ってしつこくチュウチュウキスをした。

        可愛くないくそがきと思っていた自分に絶世の美女からの慣れないキスの嵐。

        嫌で逃げ出したいのを我慢していた可愛くないガキであった。

         

        最後の夜は皆で仮装パーティー。

        フランス人は遊ぶ事にかけては天才。一体いつ仕事をしてるのだろう?

        こんな贅沢なことをさせてもらってもやはり日本へ帰りたい思いは一向に消えない。

        それどころかパリへ帰路の車窓から無言で景色を眺めて、

        これが最後の見納めと思っていた。

         

        しかし見えていたのは遥か遠い故郷の景色だった。

         

         

         

        【 道上 雄峰 】

        幼年時代フランス・ボルドーで育つ。

        当時日本のワインが余りにもコストパフォーマンスが悪く憤りを感じ、自身での輸入販売を開始。

         

         

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