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        「古武士(もののふ) 第3話 夢はアメリカに」

        ________________________________________

         

        寂しがりやの母リキは、アメリカにいる長男亀義に結婚相手を用意したから帰って来いと手紙を書いた。亀義22歳、道上伯17歳の時だった。

         

        大金と沢山のダイヤを持って帰って来た亀義に実はろくな結婚話は用意されて居なかった。がっかりした亀義は毎晩大酒を食らって、持って帰ったダイヤは バーの女どもにばら撒いた。

         

        それを見ていた弟伯はよほど亀義が良い暮らしをしているのだろうとアメリカの生活に夢を膨らます。

         

        八幡浜の若者は京阪神に職場を得て働きに行く者も多かった。

        しかし伯はそういう狭い世界に閉塞する事を嫌い、広い世界を縦横に駆け巡って活躍したいと祈念する。

         

        後年、三男伊勢春がアメリカへ行きたいと兄亀義に言ったところ、お前などが通用する世界ではないと一喝されたそうだ。

        伊勢春は軍で上官を日本刀で斬り付けたほどの猛者だった。 それ程の男を通用しないと言った亀義は、いかに伯の男を認めていたのかが窺える。  

         

         

        日本で思い残すことのなくなった兄亀義は帰国10か月後に再びアメリカに旅立った。

        兄がアメリカに旅立つ前に伯は

        「兄さん、俺もアメリカに行きたい」

        「学校はどうするんだ」

        「学校なんかどうでもいいんだ。俺も早く兄さんの様に、外国で稼ぎたいんじゃ」

         

        「それなら、おれが ここを出発する時に一緒に神戸へ行こう。おれは旅券の関係で神戸から出発しなければならないが、お前は神戸か大阪で貨物船を見つけろ。船長が好い人だったら乗せてくれるはずだ。」

         

        「そしてシアトルに着いたら、誰でもいいからアメリカ人に『プリーズ・コールミー・タクシー』と言え。」タクシーが来たらこの紙を見せろ。そうしたらタクシーが俺の所まで連れて来てくれるから。」

         

        伯は心の中で「プリーズ・コールミ・タクシー」と何度もつぶやいた。

         

        しかし4月に神戸に着くや否やまだ子供っぽさの残る伯は警察に不審に思われ、家出少年として補導された。このままではアメリカ行きの夢が叶わなくなる。

        捕まった伯は警察官の隙を窺ってまんまと警察署からの脱出に成功した。

         

        神戸を逃げ出してからは場所を変え、大阪の船宿に潜んで 好い船長探しに明け暮れた。

        7月になってやっと伯を雇ってくれる船が見つかった。 甲南丸という9千6百トンの貨物船であった。

         

         

         

        主に材木を運搬し、国内のあちこちを回る船だが積み荷によってはアメリカにも行くと言われた。

         

        三度目の航海の時、横浜から広島を経由してオーストラリアのシドニーへ行く。

        その航海が終われば 今度はいよいよアメリカへ行くという事になった。

        やっとアメリカへ行ける。

        横浜の桜木町で夢を膨らませていたところ一通の電報が届いた。

         

         

        それは伯父(母の兄)からで「チチキトクスグカエレ」とあった。

        そう言えば伯父に居場所を教えていたのだった。帰るしかない。その旨を船長に伝え、2~3週間したら船は広島に立ち寄るからそこで再び合流しようという事になった。

         

        神戸から川之石(愛媛県八幡浜の隣町)の寒々とした風景が広がる船着き場についてみると、そこには危篤であったはずの父安太郎が立って居た。

        伯はここで計画の終焉を悟った。

         

        蛙の子は蛙と言うが、奇しくも愚息雄峰がArcachon の高等学校を飛び出し、

        フランスから帰国しようとしたのも同じ17歳だった。

        違いは狭い日本から脱出しようとした父伯、

        アイデンティティを求め日本へ逃げ帰ろうとした愚息雄峰、であった。

         

         

         

        【 道上 雄峰 】

        幼年時代フランス・ボルドーで育つ。

        当時日本のワインが余りにもコストパフォーマンスが悪く憤りを感じ、自身での輸入販売を開始。

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