2023年2月28日
話のタネ ー キーウ
元国連事務次長・赤坂清隆
前略、
さる2月20日に、バイデン米大統領が、電撃的にウクライナの首都キーウを訪問しました。
そのニュースに私は、「やられた、岸田首相は、良いチャンスを逃がした!」と思いました。同じ思いをされた方も多いのではないでしょうか。 「必ず行きたい」、「行く」と岸田首相は昨年からウクライナ訪問に前向きでした。他のG7の首脳が次々とウクライナを訪問するにつけ、せめてバイデン米大統領よりは先にキーウ入りしてもらいたいと願っていたのは、私だけでしょうか?
しかし、岸田首相は、周りから、やれ警護がどうだの、秘密保護がどうだの、国会の承認がどうだのと、足を引っ張られ続けて、
結局バイデン大統領にも先を越されてしまいました。
G7の首脳の中でウクライナ訪問を果たしていないのは、岸田首相だけとなりました。
バイデン大統領の訪問後、当面すぐには後追いも難しいでしょう。「また、日本はアメリカの追随だ」とみられる恐れがあります。
そこで、今回の話のタネは、「岸田首相のウクライナ訪問の是非」を取り上げてみたいと思います。
私は、今年G7の議長国たる日本の首相がウクライナの現地を
訪問することは、大きな意義があると思います。日本政府及び国民のウクライナ支援の気持ちのみならず、G7の議長としてゆるぎないウクライナ支援の方針を、直接、目に見える形で、ウクライナ国民のみならず、世界に向けて発信できるからです。
ちょうど1年前のロシアのウクライナ侵攻以来、
日本は、これまでも積極果敢にロシアの侵略を非難し、西側諸国の経済制裁にも参加し、防弾チョッキを送ったり、ウクライナ難民を受け入れるなど、さまざまなウクライナ支援策を講じてきました。この間、虎ノ門にあるウクライナからの避難民の方々が運営する
レストランで食事をしてきましたが、そこでも、日本の多くの人たちがウクライナをあたたかく応援している姿を垣間見ることができました。いかんせん、直接的な軍事的支援こそできませんが、
ゼレンスキー・ウクライナ大統領のこれまでの発言を見ても、日本の支援の姿勢はウクライナ側も高く評価しているものと思われます。また、岸田首相は、2月20日、ウクライナの生活支援やインフラ復旧などのために、55億ドル(約7370億円)の追加財政支援を表明しました。日本の支援総額は、70億ドル超にもなります。
首相のキーウ訪問は、国際的な広報上も大いなる効果があるでしょう。アメリカもそうですが、国連などでも、首脳の外国訪問、
特に、戦争地への訪問については、絶好のフォト・オポチュニティーを必死で探し、それを最大限広報に活用します。電撃的な訪問であればあるほど、ブレーキング・ニュースとしてメディアが大きく報じます。今回のバイデン大統領のキーウ訪問も、BBCほか世界中のメディアが、トップニュースとして、何度も報じました。
他方、G7メンバーの中で、日本だけがNATO加盟国ではなく、また、警護の面でも、米国のようには万全を期せられないのも事実です。警護を自衛隊に頼ることもできないようです。警護担当の人たちは、「自信が持てない」と必ず言うでしょう。
特に、昨年安倍元総理の暗殺事件で手痛い失態をした警察当局としては、当然のことながら、岸田首相の身を危険をさらすことは何としても避けたいと思うでしょう。
このような危険なところに行くべきか、行かざるべきか?そこは、政治家としての矜持と決断力がものを言うと思います。
側近や警護当局が何と言おうと、リーダーが、「これは私の信念だ。身の危険を賭してでも行く」と言えば、最終的にはだれも反対できないと思います。それがリーダーたる資質であり、その資質ゆえにリーダーに選ばれたのですから。成功裡に終わるかもしれませんが、失敗に終わる可能性も大いにあります。
ロシアからのミサイル攻撃に遭遇するというリスクも、かなりの程度あるかもしれません。しかし、それをあまり過度に心配して、100パーセント危険がない状態を待っていては、誰も戦争の係争地を訪問することなどできません。国連事務総長や国際機関の
トップは、かなり身軽に激戦地に飛びます。防弾チョッキを着て
ユーゴスラビアを訪問した緒方貞子さんもそうでしたね。
ハマーショルド国連事務総長は、当時の紛争地コンゴに飛んで、
殉死しました。バン事務総長も、スリランカやミャンマー訪問など、国際メディアからは批判されましたが、現地に飛ぶという決断は早かったですね。
私の国連勤務時代、国連の平和維持軍のメンバーが多数殺害された事件後、国連内部で国連職員の安全についての緊急幹部会議が開かれたことがありました。その際に、幹部のひとりが、「国連職員の命を守ることが、国連の仕事の一番の優先事項である」と発言したのに、私は批判されることを覚悟でかみつきました。「わが身の安全が第一の優先事項なら、私は国連なんぞに奉職しない」と。
国連職員というのは、世界の人々の命と暮らしを守るのが第一の
優先事項で、そのためにはわが身を危険にさらすことも覚悟のうえではないかとの思いがありました。日本の外務省には、身の危険も顧みず、任務の遂行のため危地に赴いた職員が何人もいます。
その中には命を落とした人もいます。その勇敢な職員のDNAは、今も若手の職員に引き継がれていると信じます。
昔、マレイシアの日本大使館に勤務していた時、常陸宮殿下ご夫妻のご訪問がありました。その際のマレイシア側の警備が、
その数か月前の中曽根首相の訪問の際に比べても、一段と厳重なのに驚いて、マレイシア外務省の儀典長に「なぜこんなに厳重に警備するの?」と尋ねました。儀典長は、「それは、当然よ。首相は代わりがきくが、皇族の方は代わりがきかないからね」と、いともあっさり答えてくれました。
もちろん、一国の首相ですから、首相の身に万一のあることは、可能な限り避けねばなりません。それゆえ、警護には万全を期す必要があります。しかし、語弊があるやもしれませんが、マレイシアの儀典長が言ったとおり、首相のポストは、いざとなれば代役が見つかるポストです。その厳粛な事実を首相自らが十分理解されるなら、大いなる使命のために、清水の舞台から飛び降りる決心をされることも可能ではないでしょうか。
まだ5月のG7サミットには、少々時間の余裕があります。
岸田首相は、2月24日の記者会見で、「(ウクライナ訪問について)安全確保、秘密保護など諸般の事情を踏まえながら検討を行っている。時期など具体的に決まっているものはない」」と話されています。首相発言は、水面下で、鋭意準備が行われていることを示唆しています。バイデン大統領訪問の記憶も、もうすぐ薄れるでしょう。ウクライナ戦争の行方は不確実ですが、ぜひ岸田首相には良いタイミングをとらえて、5月19日からのG7広島サミットまでに、念願のウクライナ訪問を実現していただきたいと願います。
ゼレンスキー大統領とのツーショットは絵になりますし、首相は、広島サミットに一層の自信をもって臨むことができるでしょう。(了)