2023年7月23日
▼—————————–▼
グローバル・アラート
▼—————————–▼
ロシア、「影の船団」の動員力と仕組み
—G7の石油制裁措置に最大の壁—
独立コンサルタント エナジー・ジオポリティクス
代表 澁谷祐
○はじめに
世界最大の貿易商品である原油に対して、一方的にロシア産(海上輸送)だけを対象に上限価格(1バレル=60ドル)を設定して、ロシアに制裁を課すという異例の措置が主要国パートナー(G7、EUとオーストラリア)によって開始されてから7カ月が過ぎた。
そもそもロシア産原油をボイコットする理由は、ロシアの戦費調達を妨げつつ、同時に需給市場を逼迫させないようにするというアイデアだ。成功すれば、エネルギー史上空前の制裁規模になるはずだ。
他方、制裁対象国ロシアも報復制裁に訴えて、支援国に原油供給を閉ざす気配はない。
原油60ドルをめぐるエネルギー攻防戦はネクスト・ステージを迎えている。
キーワードはロシア産を輸送する「影のタンカー船団」である。
○ウラル原油が60ドル台に到達
12日、ロシアの代表的な油種であるウラル原油の価格が、1バレル=60.78ドルに上昇し、G7が決めた上限価格をはじめて超えた(価格情報誌のアーガス・メディアの報道)。
この60ドル水準は、ロシア産原油は市場で流通し続けているので
グローバル市場の需給引き締めにはつながらず、同時に、ロシアだけにそのリスクを負担させるレベルであるとされる。
上限を超えた場合、西側の船舶での輸送や保険会社との契約ができなくなるという次の排除ルールが待っている。
他方、ロシア政府が23年の予算案で想定した原油価格は1バレル=70ドルだが、22年12月の平均価格は50ドルまで低下していた。
即ち、これまではほぼG7側のシナリオに沿った展開だった。
ところが、7月原油情勢は急展開しつつある。
6月のOPECプラスの閣僚会議(本誌6月15日号参照)で、
サウアラビアが単独で日量100万バレルの減産を発表し、需給環境は変化するなか、欧州市場を代表するブレント原油は12日に1バレル=80ドル超に上昇した。これに連動する形で、ウラル原油は60ドルを超えた。
欧米各紙は、G7による石油制裁レジームの効果に対する懸念が
増幅していると報じた。米財務省は「価格上限違反の可能性がないか、市場を注意深く監視している」と声明したにとどまっている。
(なお、今年2月、ロシア産石油製品にも1バレル=100ドルの価格上限を設けることを決定している)
○「影のタンカー船団」が主役
専門誌「エネルギー・インテリジェンス」のデータによると、現在、超大型タンカーをはじめ多様なタイプの原油タンカーの約350隻からなる「非西側」の船団により、ロシアはロシア産原油(日量1千80万バレル)のうち、日量350~400万バレル以上の海上輸送力を維持し、欧州をはじめアジアやアフリカに輸送している。
このうち、ロシアはG7による第三国規制に対抗するため、中国、
インドやトルコなどの友好国の買い手に原油を輸送する「影のタンカー船団」を編成している。
しかし、その「影のタンカー船団」の全容は必ずしもはっきりしないが、関係者の証言から、その概要は次のとおりだ。
ロシアの海上原油輸出には約240隻のタンカーが必要で、そのうち、25%の約60隻は自国船である。ロシアの自国船は、総容量ベースでは21%を占めるに過ぎないので、その不足を補うため、ロシア当局は、3つの仕組みを構築した。
(1)船齢15年以上の老朽船をふくめたサブスタンダード船(66隻)が投入された。
(2)西側から石油の禁輸措置を科されているイランとベネズエラの石油輸出に使われていた103隻のタンカーを中核にして船団が編成された。
(3)地中海やインド洋方面の公海上におけるタンカー同志の積替え(瀬取り)方式を多用する。
これらの160隻超のタンカー船団の編成は、ウクライナの「特別軍事作戦」の開始後に始まり、等級外のタンカー使用の拡大や覆面性を含めて「影の船団」と呼ばれて、そのポテンシャルは全輸送能力(容量)の4分の一程度を占めるに至ったといわれている。
○「ラトビア・ブレンド」の存在
ロシアの「影の船団」の持つ特徴の一つが次のようなものだ。
オイルマンの世界では有名な「ラトビア・ブレンド」としてささやかれる原油がある。ロシアのサンクトペテルブルク近くの輸出拠点であるプリモルスクからラトビアのヴェンツピルス港へウラル原油を輸送し、そこでブレンド(混合)を行う。
高硫黄のウラル原油は性状的に割安に評価されるので、低硫黄原油とブレンドして「ラトビア・ブレンド」として格上げされる仕組みだ。
それだけではない。「ラトビア・ブレンド」はもっと重宝だ。
まず、ブレンドして原油の管轄権を「変更」して、ロシアのものとみなされず、「二次的な」制裁やその他の結果を恐れることなく販売できる。
ここから「影の船団」の出番である。
その前に、ロシア原産とはなにか—–を検証する。
ロシアの法律によれば、「ロシア連邦で生産された場合、あるいは体積の50%以上がロシア連邦で生産された材料で構成されている場合」と定義される。
これにより、カーゴの原油の49.99%がロシア産であったとしても50.01%が他の国や地域から産出・ブレンドされたものであれば、「ロシア連邦原産」とみなされない。
ブレンド作業はラトビアのほかオランダやシンガポール、マレーシア沖合など公海上などでも瀬取によって行われている。
ところで、皮肉にも、最も厳しい禁輸措置で有名なはずの英国は、他国の名義でロシア産石油を実態上は多量購入している。
「ラトビア・ブレンド」の最大の恩恵者の一つかもしれない。
○IMO,瀬取りの安全論で非難合戦
「ラトビア・ブレンド」は貯油基地における混合作業の一つであるが、これを公海において輸送中に積み替える方式(瀬取り)に援用したのが「影の船団」である。
瀬取り方式では、ロシアにとって友好国に仕向け地を変更することによりG7のルールをかいくぐり、制裁を回避することもできる。
同時に、タンカーの船位情報と自動識別システムの作動をオフにして、積荷の「国籍」を知ることはほぼ不可能となった。
2月、海運を監督する国連の「国際海事機関」(IMO)は、「影の船団」に対して懸念を表明し、外洋での石油の瀬取に異議を唱え、沿岸国の汚染のリスクを高めるため、安全上さらなる措置をとるように加盟国全体に求めた。〔1〕
スペイン政府は、北アフリカの飛び地であるセウタ沖での瀬取活動を憂慮している。
ギリシャ、オマーン、アラブ首長国連邦、シンガポールやマレーシアの沖合の中立海域における「影の船団」の活動が報告されている。
当該のIMO委員会は、「ロシアの『影の船団』は、貨物の目的地や出発地を偽装し、旗国・沿岸国による監視や規制を回避し、特に瀬取りに従事する場合、事故の現実的かつ高いリスクをもたらした」とロシアを批判した。
これに対して、ロシア代表は、「(西側の)政府が制裁を乱用せず、
他国の行動を制限するのをやめるべきだ」と発言した上で、「現在の懸念の原因は(G7による)違法な制裁措置に根ざしている」と非難した。
ロシアの財団「エネルギー・金融研究所」のエネルギー部門長であるアレクセイ・グロモフ氏は、「2022 年、ロシアと他の主要生産国の両方の石油輸出の流れの地理全体が劇的に変化した」とロシアのエネルギー専門誌「エネルギーポリシー」(5月号)に寄稿した。〔2〕■
脚注:
〔1〕「IMO、影のタンカー艦隊に安全上の懸念を提起」(英文)
UN Maritime Agency Raises Safety Concerns About Shadow Oil Tanker Fleet (insurancejournal.com)
〔2〕「禁輸措置と価格上限の下でロシアの石油産業を再構築する」
ロシア語誌「エネルギー政策誌」(英文版)寄稿(2023/05/17-2023/05/23)
Перестройка российской нефтяной отрасли в условиях эмбарго и «потолка» цен
<編集発行>
独立コンサルタント エナジー・ジオポリティクス
代表 澁谷祐