「古武士(もののふ) 第49話 お正月」
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道上の家族はお正月となるとパリの家に集まっていた。
長女はアメリカ、道上はボルドーで弟子達と新年祝賀会を開くのが通例であった。
ボルドーには当時日本人がやっていた日本料理屋が1件あった。
そこで弟子たちと雑煮を食べたり、また余興として餅つきなどもやっていた。
当然道場では寒稽古の真っ最中。
ボルドーで柔道をやる者にとって柔道とは人生そのものであった。
政府からの援助などなく、実費で賄っていくのであるから思いは強い。
この時のために各国から柔道家が集まる。
夏の講習会とともに柔道はもちろんのことだが
道上に会いにくる意味合いが大きかった。
道上は人が好きだった。弟子は友であった。 遠方より友来たり。そこには家族が介入する余地はなかった。
同じ空間を共にする事こそが何よりの喜びだった。
しかもそこには言葉はいらなかった。
一方パリでは緊張から解放された道上小枝、清水志摩子(旧姓 道上志摩子)、清水猛、道上雄峰(愚息)達が、だらしのない解放されたひと時を過ごしていた。
愚息にとってこの時ほど幸せを感じる事はなかった。
やはり当時外国での生活は苦しかった。
何か事が起こると日本の様にスムーズに解決する事はなかった。
これが外国だった。
道上小枝は相変わらず生け花をヨーロッパに広めなければと頑張っていた。
志摩子は外国でいかに子育てをするか試行錯誤の毎日。
清水猛は尊敬する道上から解放され一休み。
この時は酒を飲まなかった。
愚息はいつも外国を意識して自分がのびのびと生きていけない中、パリは別の空間だった。
国家の違いを意識する事も無く、まるで天国のようだった。
お正月とは神が与えてくれる命の洗濯の場であった。
次回は「手紙」です。
【 道上 雄峰 】
幼年時代フランス・ボルドーで育つ。
当時日本のワインが余りにもコストパフォーマンスが悪く憤りを感じ、自身での輸入販売を開始。