2023年11月6日
話のタネ
台湾有事
元国連事務次長・赤坂清隆
前略、
友人、知人との間で、話のタネにはしたくない話題はいくつかありますが、その中でもとくに「台湾有事」というのは、非常に深刻な話題で、できれば避けたい話のタネですね。
わたしも、台湾有事がそれほど遠くない将来に起きそうな
気配もしますので、いざとなったら慌てなくてもすむように、いろいろと心準備すべきことが重要とはわかっております。それでも、このような難しい問題を考えるのは、できれば
先延ばしにしたいとこれまで思ってきました。
ところが、最近、大学時代の大先輩からの依頼を受けて、気の置けない少人数の友人の集まりでこの問題を話さなくてはならなくなりました。
中国や台湾のことはわたしの専門でもありませんので、論点を整理して、議論のたたき台にしてもらえるような添付の
パワーポイントを用意しました。
同集まりでは、特に日本の対応ぶりなどについて、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論がありました。
わたしのメモには、いろいろと抜けている論点もあると思いますが、皆様のご参考の一つにしていただけたら幸いです。
台湾は、行きたくても行けない時期が長かったのですが、定年退職後家族で二度訪れて、大好きになりました。
なにせ、街の人が本当に親切で、懐が温かいのに感激しました。食べ物もおいしいし、夜市の屋台を訪れるのも楽しかったですね。司馬遼太郎の「台湾紀行」や、渡辺利夫の「後藤新平の台湾:人類もまた生物の一つなり」などを読むと、なるほど日本と台湾との間には切っても切れない絆があるのがよく分かります。
それ故に、「台湾有事」を考えるのはあまり心地よいものではありませんが、とりあえず論点をいくつか挙げてみます。
まず、台湾有事の可能性についての論点です(スライド2以下):
(1)中国の意図、
(2)台湾に武力攻撃があるとすれば、、いつ?
(3)武力侵攻は、どのような形で展開されうるのか?
(4)台湾の戦略的重要性と、その防衛能力
(5)米国は、台湾防衛のために派兵するか?
(6)国際的な反応、特に国連はどうするか?
詳しくはスライドをご覧いただきたいのですが、
2021年に米インド太平洋軍のデービッドソン司令官(当時)が、「6年以内に中国が台湾に進行する可能性がある」と発言して以来、2027年という数字がメディアなどでもひんぱんに引用されるようになりました。
2027年というと、もうあと3年ちょっとです。武力攻撃の展開の仕方については、日本国際問題研究所ほか、たくさんのシュミレーションが行われています。
注目すべきは、日本およびグアムの米軍基地への弾道ミサイル攻撃があることを想定する向きが多く、否が応にも日本が巻き込まれてしまうとの可能性が指摘されていることです。
台湾の国防予算は、中国の17分の一(2022年)で、兵力などの運用可能な軍事体制は中国の約10分の一程度ですが、台湾民意基金会による2021年10月の調査によれば、台湾の6割強の人々は、中国との間で軍事衝突が起きないと見ているというのは、注目に値すると思います(スライド13)。ひょっとして、われわれ日本人の方が台湾の人々よりも、「台湾有事」の可能性が現実に大いにありうると見ているのでしょうか?
また、米国世論ですが、2022年7月にシカゴ外交問題評議会が行った世論調査では、外交的、経済的な制裁や武器の提供を支持する人が多かったものの、台湾防衛のために米軍を派兵することを支持したのは、40%にとどまったというのも注目されます(スライド16)。米国の軍事的支援なしでは、台湾が中国からの攻撃に長期間耐えることは難しいと考えられるだけに、これまでの台湾への軍事的介入を確約しない米国の「あいまい戦略」を、いざという時にはどう行動に移すのかは、台湾の運命を左右する極めて重要なカギです。
そして、「台湾有事」の際の日本の対応ぶりについての論点ですが、以下が考えられます(スライド19以下):
(1)台湾有事は、日本の有事なのか?
(2)日本の対応策は?米国との間の集団的自衛権行使の可能性は?
(3)日本は、国連を活用して何らかの役割を果たしうるか?
(4)日本の若者に、国のために戦う意思があるか?
このうち特に、台湾有事が日本の有事といえるのかについては、1972年の日中共同声明が重要な資料ですね。
日本政府は、台湾が中国の領土の一部であるとの中国側の
立場を、「十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と表明しました。
この結論に至るまでの大変な交渉ぶりは、栗山尚一条約課長(当時)の外交証言録などに詳しく記されています(スライド21)。それにしても、当時の橋本恕中国課長、栗山尚一条約課長などの事務方による、田中角栄首相や大平正芳外相を補佐する獅子奮迅の活躍ぶりは、特筆すべきものがあります。「十分理解し、尊重する」だけでは中国側が納得せず、交渉が決裂寸前となって大平外相があきらめかけた際に、栗山課長が切り札としてポケットにしまっていたポツダム宣言への言及を持ち出すところなど、まるで歌舞伎の舞台を見るかのようなスリリングな展開だったのですね。
要するに、日本政府は、中国が台湾武力攻撃に踏み切って、これは中国の内戦であり、国内問題だと主張しても、「いいえ、その主張は認めませんよ」という主張ができるよう、ぎりぎり担保してあるということですね。
「十分理解し、尊重する」というのは、法的には何の意味も持ちませんから。台湾防衛のための米軍の軍事活動を日本が後方支援する法的根拠は担保したわけです。
ただし、ポツダム宣言に言及することによって、日本は、
しょせん台湾はいずれ「中華民国」に返還されるべきことは認めたわけですね。
国連は、残念ながら、ウクライナ戦争やイスラエル・ハマス紛争と同様、あまり頼りにすることはできないでしょう。中国が拒否権を持った安保理の常任理事国である以上、
安保理が中国を侵略国として非難するような決議は通りそうにありません。
国連総会が決議を採択することは考えられますが、ウクライナ戦争でのロシア非難決議やイスラエルに人道的休戦を
迫る最近の総会決議同様、総会決議には法的拘束力はなく、実効性に欠きます。
ただ、武力攻撃があった際には、それを非難する国際的な世論を喚起するという国連総会の役割は残っています。
その際、台湾は国連の加盟国ではなく、また、中国は台湾が中国の領土の一部だと主張しているわけですから、台湾への武力攻撃が、中国の「国内問題」なのか、あるいは、国連憲章に言う「国際紛争」とみなすかどうかが争われると思います。前述の通り、米国や日本は、極東の平和と安全を脅かす紛争とみなすのでしょうが、中国側の主張を認める国連加盟国もかなりの数に上るかもしれません。
1950年の朝鮮戦争の際の国連の対応ぶりが参考になるかもしれません。韓国は当時国連加盟国ではありませんでしたが、安保理が法的に正当に設立された政府であると認めたうえで韓国への国連軍(多国籍軍)による軍事支援を決め(ソ連は欠席中)、次いで国連総会も中国が韓国を侵略したと認定したうえで、韓国内の国連軍への支援と侵略への追加的対策を呼びかけました。今回は、安保理の決定は中国の拒否権がありますので無理としても、総会がこれに似たような決議を台湾についても検討することが可能かどうかです。
こうした事態が生じた際には、日本としても、台湾擁護の
目的で国際的な連帯を呼びかけるために、いくばくかの重要な貢献をすることができるのではないかと思います。
国連とは別に、日本自身は、国会の事前または事後の承認を得て、「重要影響事態」と認定した際は、補給や捜索救難活動など米軍への幅広い後方支援が可能となります。
さらに、「存立危機状態」と認定された場合には、集団的自衛権を行使し、必要最小限の武力行使が可能となります。
詳細は、「平和安全法制」に関する内閣官房の説明に譲ります(スライド27以下)。
日本は、沖縄の米軍基地などへの攻撃があった際には、米軍を後方支援するだけですむのでしょうか?これも考えておかなければならない大事な論点ですね。そして、もし日本が戦争に巻き込まれて、武力攻撃を受けるような事態になった際に、自衛隊が発動するのは当然としても、日本の若者は、国のために戦う意思を持っているのでしょうか? この点、2021年の世界価値観調査(WVS)によれば、中国、ノルウエー、インドネシアなどの若者の80%以上が、戦争が起きたら国のために「はい、戦います」と答えているのに対し、日本の若者はたかだか13%しか「はい」と答えませんでした。これは、日本財団が2023年2月に発表した
「18歳意識調査」報告書でも、日本を敵国が攻撃し、自分の身近な人に危害が及ぶ可能性があるとき、「戦闘員として志願し戦う」と答えたのは、13%しかなかったのとちょうど符合しています(スライド45)。
要するに、日本の大多数の若者は、たとえ武力攻撃が身近に迫ろうとも、戦争に参加する意思は持っていないという
驚愕の事実です。これをどう判断するかは、大きな論点ですし、家族、友人との間でも侃々諤々の議論のタネとなる恐れがあります。わたしなど、「ああ、もし自分が20代であったなら、真っ先かけて。。。」と思わないではないのですが、もう遅すぎます。それに、自分は安全なところにいて、若者に
危険を冒せというのはあまりに無責任です。これは人生観を問われる大問題ですね。
それにしても、いざという時に、日本はどうなるのか、本当に心配ですね。
だから、このような話題は、話のタネにしたくはなかったのです。お気を悪くしたとしたら、どうぞお許しください。(了)