2024年3月9日
「もしトラ」番外編 ~もしもトランプが有罪になったら?
【東アジア共同体研究所】
「Alternative Viewpoint」第62号
須川清司 上級研究員
はじめに
3月5日(スーパー・チューズデー)に15州で行われた予備選の
結果を受け、共和党で最後までトランプに抵抗していたニッキー・ヘイリー元国連大使が選挙戦から撤退した。
これでドナルド・トランプ前大統領が共和党の大統領候補になることは事実上確定した。
民主党の方は、本人が今後立候補を辞退しない限り、ジョー・バイデン大統領で決まりと言ってよい。
最近の世論調査では、11月5日の本選が「バイデン対トランプ」になった場合、「トランプがやや優勢」という数字が多い。
[1][1] 本選までにはまだ8ヶ月あるが、このまま行けば、AVP前号で見たような「もしトラ」あるいは「トランプ2.0」が現実になる可能性は十二分にある。
[1][2]だが同時に、トランプが現在訴追されている裁判で有罪になれば、その可能性は大きく下がると言われている。
例えば、公共放送NPR等とマリスト大学が1月末から2月初旬に行った調査では、バイデン対トランプの支持率は「48%対47%」で拮抗。しかし、トランプ有罪という仮定を置けば「51%対45%」でバイデンが優勢になった。
[1][3] NBCが1月26~30日に行った調査でも、「47%対42%」でバイデンが劣勢なところ、トランプ有罪なら「45%対43%」となって逆転した。
[1][4]AVP本号では、もう一つの「もしトラ」、すなわち「もしもトランプが有罪になったら?」について、今わかっていること、考えておくべきことを整理してみた。
トランプ有罪にまつわる論点
トランプはなぜ、訴追されているのか? 今後、どういうスケジュールで判決が下されるのか? 論点を整理しておこう。
〈4つの訴訟〉
まず、トランプが直面している主な裁判をおさらいしておこう。[1][5] 関連する民事訴訟を含めれば限りがないが、大統領選に影響する重罪となり得るのは以下の4件である。
- 口止め料の支払い
2016年の大統領選の最中にトランプの顧問弁護士は「トランプとの性交渉」関する口止め料として元ポルノ女優に13万ドルを支払った。最終的にはトランプ側が資金を負担したが、その手続きを行う際に帳簿改ざんが行われたとみられる。ニューヨーク州の選挙法が禁じる詐称行為を隠蔽する目的で行われた場合、この行為は重罪とみなされる。
- 機密文書の持ち出し
大統領退任後に軍事上の最高機密を含む文書を持ち出し、自宅で保管していた(スパイ防止法違反)こと。それに関わる証拠隠滅行為に及んだこと等も問われている。
- 政権移行手続きの妨害
前回の大統領選後、トランプは大規模な不正があったと虚偽の発言を繰り返し、選挙結果をひっくり返そうとした。例えば、敗北した7州で選挙人をすり替え、自分を指名させようとしたり、2021年1月6日にペンス副大統領が次期大統領の名を読み上げる際、自分の名前を呼ばせようとしたりした。(いずれも失敗。)トランプの言動は2021年1月6日に起きた連邦議会襲撃の誘因ともなった。
[1][6]
- ジョージア州の得票集計に対する介入
2020年大統領選挙の集計に関し、トランプはジョージア州――接戦の末、バイデンが勝利した――で得票集計を司る州務長官に直接電話をかけ、「(自分に入れた)11,780票を見つけ出せ」と指示した。つまり、トランプ票を捏造させようとしたわけ。
(州務長官は拒否。彼はこの会話を録音していた。)
以上のうち、口止め料の訴訟はインパクトが最も軽いと言われている。特に注目されるのは、それ以外の3つの裁判の行方である。
〈有罪でも出馬は可能〉
日本の場合、憲法第67条で総理大臣は国会議員から選ばれることになっている一方で、公職選挙法第11条第1項によって禁錮以上の刑に処せられた場合等では国会議員の資格がはく奪される。[1][7] したがって、重大犯罪で有罪になれば、総理大臣であり続けることはできない。少なくとも一定期間、次を目指すことも法的には不可能である。
米国大統領の場合、犯罪への関与を欠格事由とする明確な法的定めは存在しない。ただし、米国憲法には「合衆国に対する暴動または反乱に加わり、または合衆国の敵に援助もしくは便宜を与えた議員や公務員は、連邦議会の上院および下院の議員、大統領および副大統領の選挙人、文官、武官を問わず合衆国または各州の官職に就くことはできない」という条文があり、トランプはこれに該当するという主張もある。
実際、コロラド州等の最高裁は「トランプは2020年1月6日の連邦議会襲撃事件に関与したため、共和党の予備選挙に立候補する資格がない」という判断を示した。ところが、去る3月4日に連邦最高裁は「誰が大統領選挙に立候補できるかを決められるのは連邦議会だけであり、個々の州は決めることができない」という判断を示した。トランプの出馬に事実上お墨付きを与えた形だ。ただし、連邦最高裁はトランプが議会襲撃に関与したか否かの判断は完全に見送った。
[1][8] 〈政権移行手続きの妨害〉に関する裁判は今後も続く。[1][9]〈大統領には免責特権があるのか?〉
政権移行手続きの妨害で訴追されたことに関連し、トランプは「大統領は在任中の公務の範囲内の行動について刑事責任を問われない」という物凄い主張を行っている。トランプに言わせれば、トルーマン大統領が原爆投下を決定できたのは〈大統領職には本来、免責特権が備わっている〉からなのだそうである。今年2月6日、連邦控訴裁判所はこのトランプの主張を判事全員一致で退けた。(当然の判断だろう。トランプの主張が認められるなら、米国大統領は「民主主義の仮面をかぶった独裁者」ということと変わらない。)しかし、トランプは連邦最高裁に上訴しており、4月25日に口頭弁論が行われる予定だ。連邦最高裁は保守派が多数派を占めるため、トランプの主張が認められる可能性もゼロとは言えない。
〈白黒がつくのはいつか?〉
結局、トランプの裁判結果はいつ出るのか? イライラする話だが、現時点ではこれがはっきりしていない。
トランプに関わる裁判はすべて、連邦最高裁が大統領免責特権問題について裁定を下すまで停止されている。免責特権問題に関する口頭弁論は、上述のとおり、4月25日に始まる。次の焦点は、連邦最高裁が〈いかに速やかに〉〈どんな内容の〉裁定を下すかである。
最高裁が大統領免責特権を認めれば、少なくとも政権移行手続き妨害の件に関する裁判は事実上終わり、「無罪放免」となる。
最高裁が免責特権を認めなければ、各種の裁判が動き出す。裁判は数か月を要すると見られているため、最高裁の裁定が早く出れば、秋までには判決が出る可能性がある。
[1][10] 逆に最高裁の裁定が遅れれば遅れるほど、トランプが有罪か否かの判決が大統領選前に出る可能性は低下する。
[1][11] しかも、司法省のガイドラインは、政治的配慮が求められる捜査での訴追行為を選挙の60日前までとしている。9月初旬までに裁判が開始されなければ、判決が出るのも選挙後となるはず。[1][12]
トランプに対する判決が大統領選前までに出なかったらどうなるのか? バイデンが再選されれば、選挙後から来年にかけて判決が続々と出るだろう。トランプが勝てば、大統領に就任後、司法省に命じて自らに対する訴追を取り下げさせたり、自分に恩赦を与えたりするという荒業に出るかもしれない。
[1][13] ただし、「口止め料の支払い」と「ジョージア州での得票集計への介入」については、連邦が管轄する裁判でないため、自己恩赦は不可能だ。
また、有罪でも大統領を続けられるのかは、最高裁が改めて判断を下すことになるだろう。
いずれにしても、トランプは世界に恥をさらす米大統領になる。
トランプ有罪の場合、本選で勝つのは誰か?
仮に本選前にトランプが有罪になったとした場合、「バイデン対トランプ」の戦いの見通しはどうなるのだろうか?
〈バイデン有利説〉
現時点で一般論として言えば、「トランプ不利」だ。今年1月16~22日に行われたブルームバーグ/モーニング・コンサルトの世論調査によれば、7つの激戦州で「トランプが有罪判決を受けたら、トランプに投票するか?」と訊いたところ、回答者の53%が「トランプに投票したくない」(「とてもしたくない」=46%、「ややしたくない」=7%)と答えた。一方、「トランプに投票したい」は40%(「とてもしたい」=29%、「ややしたくない」=11%)だった。[1][14]
最近の米大統領選挙は激戦州を獲った方が勝つ。激戦州がこの有り様では、トランプの勝機は薄い。
ウォールストリート・ジャーナルが2月21~28日に行った調査でも、トランプが機密文書持ち出しや議会襲撃事件で有罪になった場合の投票先は、バイデンの48%に対してトランプは44%となった。トランプが有罪になる前提がない場合の投票先は、バイデン=45%、トランプ=47%だったので、やはりバイデンに有利に働いている。
[1][15] こうした傾向が今後よりはっきりしてくれば、トランプは共和党穏健派や無党派層の離脱を防ぐためにヘイリーを副大統領候補に起用したいと考えるかもしれない。(現時点では、トランプもヘイリーも否定的である。)
〈それでもトランプが勝つ?〉
しかし、「トランプ有罪ならバイデン再選の可能性が高い」と断言できないところが、今の米国政治の病理の深さである。
2月21・22日にハーバード大学米国政治研究所とザ・ハリス・ポール(以下、ハーバード/ハリス)が全米を対象に世論調査を行った。その結果は、現時点で選挙が行われれば、「48%対42%」でトランプがバイデンをリードしているというものだった。同調査はさらに、「トランプが訴追されている3つの裁判で有罪になった場合、バイデンとトランプのどちらに投票するか」と質問した。[1][16] その回答結果は以下のようになった。
①〈ジョージア州の得票集計に対する介入〉で有罪の場合:トランプ52%対バイデン48%。無党派層では、トランプ55%対バイデン45%。
② 〈政権移行手続きの妨害〉で有罪の場合:トランプ54%対バイデン46%。無党派層では、トランプ58%対バイデン42%。
③ 〈機密文書の持ち出し〉で有罪の場合:トランプ50%対バイデン50%。無党派層では、トランプ39%対バイデン61%。
この調査結果は先に紹介したものと異なり、〈もしもトランプが有罪になっても〉トランプが次期大統領になる可能性は十分にある、ことを示唆している。
〈トランプの強み〉
ハーバード/ハリスの調査によれば、共和党支持者の80%が「トランプに対する訴追は政治的な動機に基づく不公正なものだ」と答えた。
[1][17] 訴追はバイデン民主党による「悪魔狩り」だ、というトランプの主張が見事に浸透している。一方で、民主党支持者の72%は「訴追が公正不偏なものだ」とみなした。無党派層は2つの見方で丁度半々に分かれている。
[1][18] その結果、米国民全体としてて見た時にも〈トランプが有罪になってもそれは民主党の陰謀によるものであり、トランプへの支持は揺るがない/トランプを支持しても問題ない〉と考える人々が過半数を占める、という状況が生まれたのである。
では何故、多くの米国民はトランプに〈洗脳〉され、トランプの悪事に目をつむってしまうのだろうか? もちろん、対抗馬のバイデンが高齢批判などを抱えて不人気だという要素もある。だが最大の理由は、現在の生活に不安を抱き、トランプに希望を見出す人が多いことにある。
ハーバード/ハリスの調査では、「現在、米経済はうまく行っている」と答えた者は34%だったのに対し、「うまく行っていない」と答えた者は60%に達した。また、インフレ等のせいで自分の資産状況が「悪化している」と答えた者は45%となり、「良くなっている」の28%を圧倒した。
そのうえで同調査は「トランプはこの国を揺り動かして良い方向に導く人間だと思うか? それとも、トランプが再選されれば、
民主主義に危機をもたらし、米国の分断を絶望的なまでに深めることになると思うか?」と問うている。回答者の56%は「この国を揺り動かして良い方向に導く」を選んだ。
[1][19] 「経済、移民、犯罪問題に関するトランプ時代の政策がなくなって寂しく思う」ことに同意した者は何と59%にのぼった。
彼らの見方が正しいかどうかには異論もあろう。しかし、彼らがそう信じていることはまごうことなき現実である。
おわりに
トランプは有罪になるのか? 判決はいつ出るのか? 有罪の場合に大統領選挙への影響はどうなるのか?
今のところ、答はすべて不確実だ。しかし、トランプの訴追を巡って何が問題になっているかについては、本稿を読むことでかなり明確になったと期待する。
トランプは「愛されキャラ」とでも言うのだろうか、欠点だらけの人間でありながら、どこか憎めない。「トランプ劇場」で我々をいつも楽しませてくれる。アンチ・エスタブリッシュメントを標榜していることに対しても親しみが湧く。閉塞感にさいなまれた米国民がトランプに希望を見出したいと願う気持ちも、わからないではない。
だがしかし、トランプの本質は詐欺師である。その詐欺師は、自分が負けた自身が敗北したという選挙結果を受け入れず、不正によってその結果を覆そうとした。これは民主主義の最も根底の部分を否定する最悪の犯罪だ。米国の司法がそれを見過ごすとすれば、米国に三権分立はもはやない。そして、トランプが有罪になろうがなるまいが、そんな人物を指導者に選ぶのであれば、米国民はもはや偉そうに民主主義を語る資格を持たない。
今年の米大統領選で一番試されるのは、バイデンでもトランプでもなく、米国民かもしれない。
※ 私はバイデンがあまり好きではない。大統領選でバイデンに勝ってほしいとも別に思っていない。念のため。
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[1][1] President: general election : 2024 Polls | FiveThirtyEight
[1][2] » 「もしトラ」(トランプ2.0)と世界 ~ 安倍流は通用しない Alternative Viewpoint 第61号|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)
[1][3] Home of the Marist Poll | Polls, Analysis, Learning, and More
[1][4] How a Trump conviction changes the 2024 race in our latest poll (nbcnews.com)
[1][5] Trump’s 4 indictments in detail: A quick-look guide to charges, trial dates and key players for each case – CBS News
[1][6] Trump indictment key takeaways: What to know about the new charges in the 2020 election probe – CBS News
[1][7] 政治資金規正法違反の場合は、罰金刑でも一定期間公民権停止となり、議員は失職する。ただし、これはトランプが訴追されている犯罪とは次元が異なる。
[1][8] 「潔白とは言ってない」──トランプ出馬を認めた米最高裁判断のウラを読む|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (newsweekjapan.jp)
[1][9] 最高裁がまとめた意見書によれば、仮にトランプが議会襲撃等の訴訟で有罪になった場合でも、反乱への関与を理由にトランプが大統領になることを拒否するためには、連邦議会がその旨の法律を制定する必要がある。現下の政治状況を見る限り、これは極めて高いハードルを言わざるを得ない。トランプ氏の出馬容認、最高裁「全会一致」の水面下で渦巻く反対意見 – Bloomberg
[1][10] 1974年のウォーターゲート事件の時は、口頭弁論から16日後に連邦最高裁の裁定が出された。2000年の大統領選(ブッシュ対ゴア)に関する裁定は弁論の翌日に結論を出した。
[1][11] Supreme Court will decide on Trump immunity case: What’s next | AP News
[1][12] 米最高裁、トランプ氏の免責特権について審理入りを決定 – BBCニュース
[1][13] 2023年9月にトランプは「大統領に再選されても自分に恩赦を行う可能性は極めて低い」と述べているが、これを額面通りに受け取る必要はない。なお、大統領が自己恩赦を行うことができるかどうかについては学説が分かれており、連邦最高裁の判断が求められることになるだろう。
[1][14] Majority of swing-state voters in new poll wouldn’t vote for Trump if convicted | The Hill ここで言う激戦7州は、アリゾナ、ジョージア、ミシガン、ネヴァダ、ノースカロライナ、ペンシルバニア、ウィスコンシン。
[1][15] 米経済の悲観論後退、バイデン氏は支持伸び悩み=WSJ調査 – WSJ
[1][16] Trump holds 6-point lead over Biden despite legal woes: Poll | The Hill
[1][17] HHP_Feb2024_Crosstabs.pdf (harvardharrispoll.com)
[1][18] ハーバード/ハリスが「一番参考にするニュース・ソースは何か?」を尋ねたところ、無党派層の間ではソーシャル・メディアという回答が22%で最も多かった。トランプの主張が(予想外に)無党派層に浸透しているのは、ネット空間でトランプの主張に常時接する「エコー・チェンバー」現象によるものだと私は考えている。(参考:» ネット・フェイク病の蔓延と民主主義の危機~民主主義考2020s①|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp))
[1][19] 党派別では、共和党支持者の87%、無党派層の51%、そして民主党支持者でも30%がトランプに期待を示した。