2024年4月13日
話のタネ
人口その2
元国連事務次長・赤坂清隆
前略、
前回お伝えしましたように、2100年の日本の人口は、国連の推計では7400万人に、日本の国立社会保障・人口問題研究所の推計では現人口の約半分の6300万人にまで減少するとのことです。70年以上も先のことで、わたしなどはとっくにあの世に行っていますから、あまり心配をしてもしょうがないのですが、それにしても、なぜこんなに急激に減少するのでしょうか?いろんな要因が指摘されていますね。わたしの情報は、断片的で、理論的な根拠や整合性があるものではありませんが、「話のタネ」までにご紹介したいと思います。
先進国では、大体押しなべて、少子高齢化問題を抱えています。歴史をさかのぼれば、貧しい国では、貧困から抜け出すためや、幼児死亡率が高いために、8人や9人と多くの子供を産んできましたね。そして、生活が豊かになり、幼児死亡率が低くなるにつれて、出生率は人口を維持できるための2.07を割りこんで、どの先進国でも少子化が問題にされるようになりました。したがって、少子化の遠因としては、生活の豊かさの実現と幼児死亡率の減少をあげるべきでしょう。
それにしても、日本の2023年の出生率は1.2前後と低すぎるレベルです。お隣の韓国はもっと低くて、0.72で過去最低を更新しました。これでは人口は急減していきます。日本の場合、近年の急激な少子化の原因として、種々の説が唱えられています。そのうち、まず、若い人がなかなか結婚しなくなったこと(非婚化)、初婚年齢の平均が高くなったこと(晩婚化)、そして子供を産む年齢が高くなったこと(晩産化)を取り上げてみましょう。
まず非婚化ですが、ご承知の通り日本では、結婚しない、いわゆるソロの若い男女が増えています。もちろん結婚しなくても子供を産むことはできますが、法律上婚姻関係にない男女の間に生まれた子(婚外子あるいは非嫡出子)の割合が5割を超えるフランス、スウエーデン、デンマークなどとは異なり、日本では、婚外子の割合は、たかだか2.3%(2022年)にしかすぎません。ですから、結婚しない人の増加は、子供の数の減少につながります。2022年の婚姻件数は、ピークだった1972年の件数のちょうど半分です。
出典:こども家庭庁
出典:NHK
結婚しない人が増えているわけですが、50歳の段階で未婚の率(生涯未婚率)は、2020年の段階で、男性が28.25%、女性が17.81%に上っています(下グラフ)。過去20年ほどの間に急速にこのソロ人口が増えているわけですが、このままで推移すると、2030年には、男性の3人に1人、女性の4人に1人が生涯未婚者になるという衝撃的な予測も出てきています。これでは、少子化が進むはずですね。若い人たちに、「どうして結婚しないの?」「いい人いないの?」と聞きたいところですが、そのようなヤボな質問はもはやハラスメントになるか、あるいは、「不適切にもほどがある!」と一蹴されかねません。
結婚したくないのではなくて、結婚したくても結婚できる環境にないという若者が多いと言われます。所得や雇用といった経済的な要因が大きいようです。多くの若者が非正規雇用やフリーランスなどの不安定な就労状態にあります。2023年の総務省の労働力調査によると、非正規雇用者数は2124万人で、そのうち約7割がパート・アルバイトです。65歳以上の高齢者の非正規雇用者が417万人に増えていますが、25歳から34歳の世代では237万人、そのうち、「自分の都合のいいときに働きたい」という理由で非正規雇用の職に就いた人数が73万人となっており、10年前と比べて14万人増加したとのことです。
お見合い結婚というのもずいぶん減ったというデータがあります(下図)。男女共同参画局のデータによると、1940年代ごろまでは、お見合い結婚の割合が6~7割を占めていたのが、その後急速に減り始め、2010年代には5.3%にまで下がっています。団塊の世代に属するわたしの若いころは、お見合い結婚が盛んでした。オフィスでは、上役がニコニコしながら机の引き出しから若い女性の写真を取り出して、「どうだ、お見合いしてみないか?」とよく聞かされました。新幹線の後ろの席で、中年のおばさん二人が、恋愛結婚とお見合い結婚の優劣を語り合っていたのをよく覚えています。「恋愛結婚というのは、結婚が終着駅で、それから先は発展しようがないのに対して、お見合い結婚は、結婚が出発点だから、それから発展するのよ。断然、お見合いのほうが長持ちするわよ」と一人のおばさんが熱を込めて話し、相方は相づちを打っていました。古き良き時代でありました。
出典:男女共同参画局
ところで、フランスでは、両親が結婚はしていないという婚外子の割合が高いのですが、1997年には、事実婚も法律婚同様に社会保障を受けることができる制度ができました。そのような制度改革の結果、2006年には出生率が2.03にまで急上昇したのですが、そのフランスでも2014年を境に出生率は下がっており、2023年は1.68 となっています。わたしがフランスに住んでいた2000年代初めごろ、「フランス女性の多くは、子供は欲しいが、ダンナはいらない」という話をよく聞きました。子供は可愛いが、ダンナは面倒で、わずらわしいという女性の気持ち、フランス人女性でなくとも、「その気持ち、わからないではない」と、わたしもひそかに思った次第です。
次に晩婚化ですが、昔に比べて、初めて結婚する人の年齢が、平均をとると高くなりましたね(下図)。それでも、2022年の内閣府の調査では、初婚のピークは男女ともに27歳で、これは過去20年間ほどの間では、ほとんど変化していないようです。年齢層の高い人の初婚が増えて、平均値を高めているだけで、やはり一番多いのは、27歳あたりというのは変わらないようです。
第三に、晩産化ですが、年齢別の出生率を見てみましょう。25歳から30歳あたりを過ぎると、出生率が急速に減少しています。これはよく分かりますね。2022年の母親の出産時の平均年齢は、第1子が30.9歳、第2子が32.9歳、第3子が34.1歳となっています。過去に比べると、やはり晩産化の傾向は続いています。
出典:内閣府
出典:生命保険センター
非婚化、晩婚化、晩産化の傾向を見てきましたが、将来結婚はしても子供は欲しくないという日本の若者が増えています。2024年3月7日付のニッポン度とコムの記事「未婚男女の過半数、『子供ほしくない』」(「 未婚男女の過半数、「子ども欲しくない」―ロート製薬調査 : 妊活経験の7割「予想より成功しづらかった」 | nippon.com)がこの現象を伝えています。ロート製薬が公表した「妊活白書」2023年版で、18~29歳の未婚男女400人のうち、将来子供は欲しくないと回答した割合が55.2%に上ったということです。女性よりも男性のほうが多く、約6割が子供を欲しくないと回答したとのことです。どうしてなのでしょうか?
これとは別のBIGLOBEによる「子育てに関するZ世代の意識調査、2023年」でも、45.7%が「将来子供が欲しくない」と回答しているのですが、その理由は、「お金の問題(18%)」、「お金の問題以外(42%)」、「両方(40%)」という結果でした。お金以外の問題としては、育てる自信がない、子供が好きではない、子供が苦手、自由がなくなるから、といった事由が上位だったようです。
(出典:社会実情データ図録)
また、前回の「話のタネ」で、日本人の既婚者のセックスレス傾向もお伝えしました。2014年1月14日付のニッポンドットコムの記事、「既婚者の68.2%がセックスレス傾向ー全国4000人調査:それでも夫婦仲は悪くない?」(https://www.nippon.com/ja/japan-data/h01882/)です。システム開発のレゾンデートルが、全国の20~50代の既婚者4000人を対象に行った調査では、下図の通り、「セックスレス」と「ややセックスレス」を合わせると、なんと68.2%がパートナーとセックスレス傾向にあるということが判明したとのことです。女性は30代で68%、男性も30代で71%がセックスレスの状態にあるとのことです。フランス人が聞いたらびっくり仰天、目を白黒させることでしょう。
また、興味深いと思われるのが、2022年11月14日付の東洋経済オンラインの「日本人男子の精子―量も質もよくない衝撃事実」という、辻村晃順天堂大教授による記事です。世界的に精子の数はひと昔前よりも半減しているが、日本男子の場合さらに少なくなっていると指摘しています。日本人男性の精子の数は、フィンランド男性の精子数の3分の2しかなく、働きすぎ、睡眠不足、ストレスなどのほか、ダイオキシンなどの環境ホルモンの影響も考えられる原因かもしれないとのことです。
環境ホルモンが男性の精子の数を減らすというのは、1997年の地球温暖化防止に関する京都会議の翌年、急にメディアの注目を浴びた環境ホルモン問題で大きく取り上げられました。覚えておられるでしょうか?ごみの焼却などから発生するダイオキシンは猛毒だというので、2000年にダイオキシン類対策特別措置法が施行され、当時日本中の小中学校にあったごみ焼却炉は姿を消しました。あの、ダイオキシンのことです。当時すでに、ある日本の有名私立大の学生さんの精子の数が随分と減っているというニュースが人々を驚かせておりました。
日本人の若者の精子に危機が迫っており、受精して妊娠を成功させる力(精子力)が衰えているという驚きのニュースは、その後2018年7月28日のNHKスペシャル「ニッポン〝精子力”クライシス」でも取り上げられました。その前年に発表された調査結果などでは、欧米人の精子の数が過去40年で半減している一方、日本人の精子の数は欧州4カ国と比較して最低レベルであったと報じました。数の問題だけでなく、「動きが悪く、卵子までたどり着けない」「DNAが傷ついており、自然妊娠しにくい」などと指摘されるケースも多いと報じられました。わたしはその番組を見て、背筋が寒くなったのをよく覚えております。
だんだんと話が、尾籠(びろう)とは申しませんが、かなりセンシティブな領域に入ってきたようです。皆さんに不快な思いをしていただかないように、わたしの少子化原因の追及はここらへんで終わらせていただきます。日本の少子化の要因については、まだまだたくさんの事由が挙げられています。仕事場の雇用、労働環境や政府の政策上の問題をあげる向きも多いですね。児童手当、給付金、子育て支援、保育園の不整備、育児休暇、教育費、夫の家事能力、非正規社員の待遇、婚外子を取り巻く環境など、たくさんの課題があると思われます。政府の「異次元の少子化対策」にも期待したいですね。
わたしなど、この少子化問題というのは、子どもがもっと生まれるような環境を作ればすむ単純な問題と考えたいところなのですが、やはり、様々な要因が絡みあい、問題が重層化している「複合危機」のような気がします。一筋縄ではゆかない、シルバーブレット(解決の決め手)のない、複雑でややこしい問題のような気がしてきました。それだから、日本だけでなく、他の国もみな苦労をし続けているのでしょう。桜が咲く春の週末ですのに、頭の痛い「話のタネ」で恐縮でした。(了)