第一章 亀裂 ③勝のアプローチ 勝は、東京神楽坂に本社をもつ、その菓子メーカー仙田商事の営業マンで、フミが働く直営ショップによく顔をみせた。 その彼もまたとびきり陽気な男だった。 しんみり考え込んだり、むっつりと黙りこくっていることはなく、 のべつひとを笑わせるようなジョークを飛ばしてみんなから好意を持たれていた。 勝がフミに、「今度。二人きりでご飯を食べない?」と声をかけた。 フミはそんな誘いを実は心待ちしていたのだ。 同僚の女子店員のなかには、勝の事を、「いい人じゃない。ルックスだってまあまあだしさ。わたしも・・・・・なんて気になるよ」と 対抗意識丸出しにして宣言する者もいた。 その勝が、フミに果敢なアタックを仕掛けてきたのだ。 「フミちゃんは可愛い。チャーミングだ。そして、その魅力は不思議な魔力を隠し持っている・・・・・」 勝は、頬を赤らめてたじろぐフミの顔をヒタと見つめて言う。 「それは、男の見栄や虚栄を、根っこから履がえてしまう力なんだ・・」 「そ、そんな!わたしって平凡な女よ」 「いや、本人は気づかないのかもしれない。でも誰でも、フミちゃんの前に来ると、みんな正直にになってしまうんだ」 「へぇ!そんな事はじめていわれたわ」 「つまり、心にもないおせじやおべんちゃらも言えなくなる。 男は誰もが、フミちゃんの前では、ありのままの姿になるんだ」 「いまの五十嵐さんも、そうなの?」 「うん。どうにもこうにも、正直!」 勝はニコリともせずに言いつのる。 「フミちゃんが、好きだ。心から、好きだ!」 正直かどうかはともかく、勝はとにかく強引だった。 ただその強引さは、フミにとって不快なものではなかった。 「おれはフミちゃんの可愛さに参っている、でも、でもね、見た目の可愛さよりも、フミちゃんの人柄というか、性格というか、持って生まれた心根みたいなものに、どうしようもないほどに惹かれているんだ!」 まさに、野球のピッチャーの投球でいえば“直球”攻めだった。 「恋をしたのは、見た目の可愛さだけど、とことん愛さずにいられないのは、フミちゃんの人柄だ!」 19歳のフミは、勝の一直線のアプローチに押された。 「五十嵐さんて、ちょっと強引じゃない?」 フミはそう押し返したことがある。 「人間、真正直にしゃべると、強引に思われることがあると思う」 勝はケロリと言ってのけている。 でも、フミはそんな勝を受け入れた。そして、素直に幸せだった。 「おれはね・・・・・」 営業マンとしてはふだん、「わたくしどもは」というように習慣づフけられているのだが、フミに「ウン」と頷かせるために勝は前後の見境もなく気張っていた。 「おれはね、良樹細根と大樹深根という言葉をモットーにしている」 「それって、どういうこと?」 曖昧なことの嫌いなフミはすかさず訊き質した。 「つまり、良い樹は大地に細くしなやかな根を張りめぐらせている」 「そういうことだわねぇ」 逞しく大きな樹は、目に見えない地中に深く深く根を降ろしているだろ?」 「なるほどね」 「人間も同じだと思う。いや、人間もそうあらねばならない」 幼いころ、林正順繰り返し諭されたことを、勝はぬけぬけとフミに喋った。少し芝居ががったが、やむを得ない。 フミをなんとか口説き落としたい一心だった。 「おれは、大樹深根をめざす。そしてフミちゃんには良樹細根をめざしてもらい、二本の木にそれぞれの希望と夢の花を咲かせたい」 勝はわれながらうまいことを言ったと密かに頷いた。 フミも、お煎餅屋の営業マンにしては気の利いたことを言うな、と 上気した勝の顔を見直していた。 ④勝の性格へ続く