第一章 亀裂 ④勝の性格 勝の口は実によく動いたが、それにも増して、体が良く動いた。 他人から頼まれごとなどを持ち込まれると、ロクに事情や内容を 確かめないうちにポンと胸を叩いて「まかせてくれ」と口走って、さっそく行動してしまうのだ。 借金の申し込みだの、月賦の保証人の依頼だの、ときにはもめごとの調停だのと、頼まれごともいろいろあったが、とにかく面倒見がいいのだ。 それでも勝はときおり「もう少しよく考えてから行動した方がいい」 などと、反省したりするのだが、“すぐ体が動く”というクセは治らない。 会社の上司が「五十嵐勝は言うなれば安物の長兵衛だな」と言ったことがある。“安物の長兵衛とはどんな意味かと訊いたが、その上司はヘラヘラ笑って答えてくれない。 勝は、さっそく自分であれこれ調べた。どうやら“長兵衛”とは 幡隋院長兵衛のことで、侠気(おとこぎ)と気風のよさで売った いわゆる侠客なのだが、そのせいなのかどうか、よく大見得を切ったという。 ”安物の長兵衛“とは、のべつ安っぽく大見得を切ることをからかって言っていると勝は理解したが、べつに肚も立たなかった。 事実、フミと一緒になってからも月賦の保証人を引き受け、結局は本人が逃げてしまい、勝が代弁済した事が、二度三度とあった。 にもかかわらず、”安物の長兵衛“的な弱点をフミに直に指摘されたりすると、前後の見境もなくカットして「うるさい!」とがなってしまうのだ。 フミは、以前のおとうさんは、わたしの言うことを聞いてくれたと恨みがましく言った。 たとえトンチンカンな話にも耳を傾けてくれたと涙をしたたらせながら呟いた。たしかに思い当たることだった。 が、それにしても、このところちょっと入れこんでいる競輪で大損したとか、呑み屋の女との浮気を咎めだてするのと同じような口調で突っかかられるには、やはり勝つには我慢できなかった。 ⑤フミの性格へ続く