Life Heart Message 2024.7、15
「暖手」の美学
長い樹上の生活を終え、地上に降り立って、その人の手が食べものをつかんだ時、人類の歴史は始まったと言われている。アルタミラの洞窟に絵を描いたのも、モアイを刻んだのも、銅鐸に模様を彫ったのも、ミロのヴィーナスを彫刻したのも人間であった。手はまた、石笛にうがった穴をおさえ、ムックリを弾き、椰子の実のドラムを叩いた。
握手というボディランゲージを誰が発見したのだろう。これは、いずれにせよ人間が言葉をもつ以前だったと思われる。沈黙が先にあった。言葉はその後で来たのであろう。最初の握手、それは親愛と尊敬と和解のしるしであった。どのような美辞麗句や詩にもまさるランゲージであったであろう。私たちに営々と伝えられた遺伝子は、この記憶をもちつづけているのである。頭脳以上ともいえるほど、人間を動物よりも高めたのは手である。
マイクロチップを造るのも人間の手なら、パソコンを打つのも人間の手である。すべての道具、用具、兵器、その他の製品をつくり、またこれを使用したのも手である。私たちが私たちの感情や意志を表示するのにも手を使うのである。これらはすべて話し言葉や書き言葉に反映され、絵画的シンボルの言葉にも反映されている。私たちはhandcraft(手細工)handiness(手ぎわの良さ)handiwork(手仕事)firsthand(じかに)put in hand(着手する)という。大昔から、片手、両手の絵は、仕事、技術、細工などの人間の手仕事の意味を表したのである。
「紋章学」では1.信仰の誓い、祝福、保護、力、勤勉、調和、無垢を表す。2.家長、皇帝、神の権威を表し、3,護符を表し、4,友情、挨拶を表すものとされた。1804年ナポレオン皇帝の戴冠式で、彼はフランス王の伝統を継承し、皇帝の笏は「公正の手」の表徴であった。平に開いた手は「何もかくしていない、武装していない、悪意をもっていない」と言っているので、およそ地上、人にも神にも、平和、友情、信頼、又祈願、嘆願、礼拝のしるしとなった。手を合わせたり、握り合う動作は(右手を開いて高く挙げるように)武器を手にしていないことを知らせるためであり、平和協定の締結を表すものであった。
私たちは、これら総ての手が、あの最初の握手の記憶を心の奥深くに持っていることを信じたい。暖かい手とは、総ての人が持っている生命のあかしだ。それは、いかなる黄金にもまさるとも劣らない永遠の輝きなのだ。世界の人々が自らの暖手に気づき、それを差しのべる時、未来は調和と交響にいたる。
「何か奪わんとする手の多きなか、何かを与えんと差し伸べられる一つの手の、なんと美しきことよ」カナダの大詩人ル・クレールは謳っている。
未来創庵 一色 宏
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