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        第二章  出会い   ①船橋駅バス停での出来事
        
        五十嵐勝と中国人留学生とのつきあいは実はもう一昔にさかのぼる。
        そのきっかけは昭和56年(1981年)の12月、年の暮れだった。
        JR総武線の船橋駅前北口の午後9時過ぎは、師走の突き刺すような風に晒されていた。
        木枯らしと言いたいが、船橋という街はもともと東京湾沿いの街、
        海からの風が強い。
        最近でこそ埋立地がどんどん海へと拡張され、京葉道路や東関東自動車道などが架設されて、“海辺の町”といった情況も大きく変わり
        そのイメージも失われた。が
        もともとは東京都民などにとっては潮干狩りや海水浴を楽しむ
        リゾート地でもあったのだ。
        船橋駅から海岸までの間には、工場やマンション群がびっちり建ち並んでいて、リゾート地であった頃の面影はカケラもない。
        しかし、海から吹きつけてくる冬の風は、相変わらず、ひときわ冷たい。
        バスターミナルの街灯が風にユラユラ揺れ動く。
        何しろこのところ沿線一帯には団地群が立ち始めていて、乗降客は激増しているのだが、バスの便も十分でなく、タクシーなども極端に少なかった。
        京成バスの夏見台行きのバスストップのもとに、コートの襟を立てて、凍てつくような足を温めようとしきりと足踏みをする人たちが
        十数名、黙りこくって列を作っていた。
        たしか、この後のが終バスになるはずだった。
        東京での所用を済ませて船橋駅に降り立った勝は、そそくさと列の最後尾についた。と
        列の先のほうから何やら尖った声が聞こえてきた。
        中年の男のダミ声だ。
        「うるさいな、何だい、いちいち」威丈高な口調である。
        「イヱ、タダ、ミンナ並ンデイルト言ッタダケデス」
        たどたどしい日本語が応じている。勝はその喋り方で、中国人だなと闇をすかし見た。勝の夏見台の“八百春”から歩いて数分の所に
        古びた宿舎ふうの建物があって、ときおり、道で中国の若者が
        二,三人で歩いているのに出くわす。
        そのときのやや甲高い早口の中国語が耳の残っていて、ふと彼も
        その仲間ではないかと思ったのだ。
        「おい!」
        ダミ声の男はからだを振り向け、列の中から細っこい青年を強引に引きずり出していた。
        「おまえ東南アジアか。この野郎!」
        ずんぐりした猪首の男だった。
        ネクタイを締めていて、手にかばんをぶら下げている。
        でかい顔をした男だ。荒っぽい口を利いているが、どうせ勤め人だろう。忘年会の帰りか、かなり酔っている。
        男は青年に詰め寄って、ジロジロと顔を見た。
        「お?そうか。おまえ、チャンコロだな」
        男が青年の衿元をわしづかみにして引き倒そうとする。
        「ヤメテクダサイ。何スルンデスカ」
        「のこのこ日本にやって来て、エラソーな口を利くんじゃないよ」男の腕力で青年はたたらを踏んでつんのめった。
        勝は男が口走った「チャンコロ」とことばを耳にして、いきなり
        カット肚の底を熱くしていた。もともと、口より体が先に動いてしまう性格である。
        最後尾だと思った勝の後ろには、さらに4,5人がつながっていた。
        が、誰も黙りこくって口をひらくものはいない。
        「暴力、イケマセン!何スルンデスカ!」
        中国の青年が、振り上げた男の手をとどめようと抗う。二人の足音が凍てついたコンクリートを踏み鳴らして入り乱れた。
        勝はツカツカと、もみ合う二人に歩み寄った。いきなり男の肩を掴んで引いた。「やめなさい」
        勝の腕力は八百屋として鍛えたものだ。10キロ20キロの野菜の段ボール箱は、あたかもトレーニング用のダンベル代わりだ。
        手加減をしているつもりでも、けっこう力が入っている。
        男はたあいなく体を回転させる。
        「おッ、何だ、この野郎!」
        吠える声は猛々しいが、動作は鈍い。街灯のあかりに男の四角い顔が見えた。ドロンとした目がようやく勝を捉えた。
        「おまえ夏見台1丁目の八百屋じゃねえか。横から口を出すことはねえだろう、おい」
        右手のカバンを勝の顔をめがけてぶん回す。上背のある勝は上体を引いて軽くかわしておて、ゆっくり噛んでふくめるように言った。
        「この青年は、みんなが並んでバスを待っているから、割り込まないでほしいと言っているのでしょうが」
        「そんなこと、チャンコロに言われることないんだよッ!」
        「アナタ、何、言ウノデスカ!」
        青年がまた抗議した。
        男がカバンをコンクリートに投げ出し、ワッと青年に掴みかかろうとする。勝はすかさず突き出した男の手を下から撥ね上げた。
        男は気を取りなおしてファイティングポーズをとり、こんどは勝に立ち向かってきた。
        それでなくともおぼつかない酔っぱらいの足だ。フットワークなんてものじゃない。ヨタヨタといった足どりで殴り掛かってくる。
        勝はしかたなく左右に動いてその拳をよけた。
        列を作っている者たちは、この争いを見て見ぬふりをしている。
        いや、むしろ迷惑げに視線をはずし、何となく背を向ける者もいる。
        そして、あきらかに、早くバスが到着すればいいとばかり、そっぽを向いて知らん顔をしている。
        勝が手際よく男の乱打をかわすので、かえって男はいらだっている。
        ますます執拗に顔面を殴ろうとまつわりつく。
        「八百屋のくせに、余計な口出ししやがって・・・・この野郎・・・」
        すでに男の息が勝手に乱れている。が、
        周囲の者の目を気にしているらしく、さらに鼻息を荒げて攻めかかる。
        青年が「モウ、ヤメテクダサイ」ときっぱりした口調で言った。
        そのまま勝をかえりみると「ゴ迷惑カケテ、スミマセン」とペコリと頭を下げた。男はその青年の下げた頭をかまわず殴りつけた。
        青年は勝になぜか苦笑するような表情を見せてから、やおら男に向き直り、一瞬ピタッと両手を合わせる“合掌礼”のポーズをとった。
        じつは競輪好きの仲間に、団地の東側で升屋という酒屋をやっている北村徳夫がいる。
        彼はふだんは勝とアベコベにひたすら無口だったが、好きな酒を呑むと、ときおり、まことしやかな顔をしてこの、“合掌礼”の形を見せ、おまけにブルース・リーやジャッキー・チェンのように颯爽とアクションを見せた。
        「それは、カンフーか?」と勝が聞くと、北村はハナの頭にシワを寄せるような表情をして、「少林寺拳法のまねごとだ」と言った。
        でも結局は北村の実力なんて信じていなかったが、勝はこの“合掌礼”などいくつかのポーズは覚えていた。
        しかし、いきり立っている男には、青年のそんなポーズも目に入らないのか、また一歩踏み込んできた。
        青年はさっと後退し、左右の手を胸の前に八の字に構えた。
        ”八層構え“だ。
        また男がガムシャラに踏み出してきた。青年は腰を落とし、右手を水平に薙いだ。手が男の頬を打った――というより、指をしっかり伸ばした手が顎をかすめたように見えた。
        男はたちまち目を剥いて、ヘタヘタとへたりこみ、バカバカしいほどに簡単にボロ屑のように萎えた。そのまま後方に昏倒しそうになった。青年は機敏に駆け寄って、男の上半身を支えた。
        その間に、バスが来て、列を作っている者は次つぎと乗り込んでいた。
        勝は青年に聞いた。
        「大丈夫か。この男?」
        「ダイジョーブ、軽―イ、脳震盪デス。顎ノ毛細血管、スコシ打ったダケダカラネ」
        喋り方はたどたどしいが、日本語の内容は正確なようだ。
        二人を・・・いや、三人を置き去りにして、バスは逃げるようにさっさと木枯らしの闇に消えた。
        「コノ人、僕、送ッテイキマス」
        「いや、どうやら、俺が夏見台の八百屋だということを、この男は知っているらしいから。近所の人だ。俺も一緒に行こう」
        「申シオクレマシタ。ワタシ、陳ト言イマス。ゴ迷惑カケテスミマセン」
        また、一段と風が冷え込んできた。
        男が「う~」と声を出して身じろぎをした。
        「マダ、中国人ノコト、チャンコロト言ウ人、イルンデスネ」
        「まったく、こういう日本人がいるから困るんだ!ほんとにお恥ずかしい」 勝はことばをついだ。
        「だいたい、日本の男たちはやたら威張りくさってきた。戦後ずっと民主主義の時代に生きてきたはずなのに、すぐまた暴力をふるったり、時代遅れのズレたことを口走ったりする。野蛮だ、最低だ!」
        男が目をあけて、いきなり喚いた。
        「こらッ、てめえ、何しやがった!」
        勝は男の分厚い唇を親指と人差し指でぎゅっとつねくりあげた。男は身もだえするように体をくねらせ、くぐもった声で呻いた。
        駅前広場に取り残された奇妙な3人の男を、また一陣の風がなぶって通りすぎた。
        勝は舌打ちして、男のカバンを拾いあげ、そのカバンで男のおデコを小突いた。
        
                                 続く
        

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