第二章 出会い ⑥ 友人・北村徳夫Ⅱ 「イガちゃん、ちゃんと聞いてんのかい?」 ひどく機嫌をそこねているらしい北村の声が、ぼんやりしていた勝を衝いてきた。 「あ、あ、・・・・聞いているよ」 「漢民族は中国語でハンズ―という。漢語はハンユイだ。」 「ハンズ―に、ハンユイね」と、 勝はなぜかおもねるように言っていた。 「その漢語にも、さらに北京語、上海語、福建語、広東語などの多くの方言があるわけでね。 同じお国の人同士ことばでも、まるで通じないほどに、それぞれが大きく異なってるようだ。」 「そういうもんかねぇ」と勝は調子よく相槌を打つ」。 「北京語と広東語は、英語とフランス語くらいにことばが離れていると言われているが、さてイガちゃん、どう思うかい?」 勝は何となく、落語の大家さんと八つぁんか熊さんの会話を思い浮かべていた。もちろん勝は八つぁんか熊さんだ。 うかつな事を言うと、赤っ恥をかくことになると思ったのだ。 「だから中国人というのはどんな場合でも、トコトン話し、ムキになって喋る。もともと、肚で分かり合うとか、暗黙の了解とか、 以心伝心何てことは信じてない。一つの国だが、実際はいくつもの外国が集まっているような規模だから、いついかなる時も、 なあなあのいい加減さで心が通じ合うなんて思っちゃいないんだよ」 勝はもう神妙に頷いている。 「つねに、自分の納得いくまで話す、喋る、語る・・・言いたい事は はっきり言う、主張する。これが中国人のものの考え方の基本だよ、イガちゃん」 「ハイ」 ビール好きの勝の酔いは、すっかり醒めてしまっているようだ。 「こりゃたとえ話だがね」 「なんでしょう?」 何だい、と言うところを、勝は思わず言い換えた。 「大きな大きな森には、それこそたくさんの動物や鳥や昆虫が 棲んでいるね」 「当然、そういうことに・・・・・なるかな」 「そこに生きているさまざまな生物のだね、ほんの一部、 ごくひとつまみの部分を見て、森全体の生きものをああだ、 こうだと判断できるかい?」 いよいよ理屈っぽくなってきた。 勝は足にキツイ靴と理屈は苦手で、すぐ頭が痛くなる。 「そりゃ、いけないね、軽はずみということだ」 ため息まじりにそう答えた。気を遣っているのだ。 「そうだよ。だから、イガちゃんがね、2、3人の留学生を見て、 中国人をああだこうだと言うのもいけないことだ」 「そりゃそうだ。そのとおりだ。よく分かったよ」 これでめんどうな話は一区切りとばかり、勝は北村のグラスと自分のグラスにビールを注ぐ。 北村はグイと、ひと口でそのビールを干し、トン!と音をさせて グラスを置いた。 勝はわけもなくドキリとした。 「いい加減に分かったというのもいけないね」 「え?いや・・・・・」 「分かってないのに分かったと口走るのは、ウソをついている ことだよ。」 「そんなこと言われても困るよ」 続く