2024年11月2日
話のタネ
カタカナ英語
元国連事務次長・赤坂清隆
前略、
いよいよアメリカ大統領選挙の日11月5日が目前に迫りましたね。さて、どうなるでしょうか?
ひとまずアメリカの選挙のことはさておいて、今回は、最近巷にあふれているカタカナ英語を「話のタネ」に取り上げてみたいと思います。
昔から、カタカナ英語や和製英語が氾濫しているというので、日本語の将来を心配する声はありましたが、それにしても最近のカタカナ英語の洪水には、驚くやら、首をかしげるばかりです。例えば、NHKの早朝のニュース番組では、「世界のメディア・ザッピング」と銘打って世界からのいろんなニュースを紹介していますが、この「ザッピング」というのは何なのでしょう?調べてみると、ザッピングというのは、テレビを見ている際に、リモコンでチャネルをしきりに切り替える行為のことだそうです。だから、世界の番組をいろいろと覗いてみましょうという意味で使われています。素早い攻撃を意味する英語ザップ(zap)が語源で、リモコン操作によってチャネルが一瞬で切り替えることをザッピングと称するようになったとのことです。ご存じでしたか?
さらに、9月13日付のYahoo ニュースは、ユニクロの柳井正会長が、「このままでは日本は滅びる」と警鐘を鳴らしたとして、「日本のオワコン化」が止まらない云々という記事を出しています。「オワコン」?わたしにはさっぱり分からなかったのですが、皆さんご存じのようで、同ニュースにはその言葉の解説もありませんでした。ウイキペディアで調べると、ブームが終わって流行遅れになったコンテンツのことで、「終わったコンテンツ」を縮めて「オワコン」というらしいのです。時代に合わなくなったマンガ、アニメや商品、サービスなどを意味する日本のインターネットスラング、外国人には通じない和製英語ということです。
このほかにも、たくさんのカタカナ語が氾濫していますが、文化庁がカタカナ語の認知率、理解率、使用率のデータを使用率順にまとめています。それによると、使用率が高いカタカナ語は、ストレス、リサイクル、ボランティア、レクリエーション、テーマ、サンプル、リフレッシュ、インターネット、ピーク、スタッフ、キャンペーン、リーダーシップ、ホームページなどです。他方、認知率、理解率、使用率がともに低いのは以下の通りです。すなわち、このような認知率、理解率や使用率が低いカタカナ語を使った場合、一般の人にはチンプンカンプンで、「この人何を言っているのだろう?」と心で思っている割合が高いということですね。
順位 語 認知率 理解率 使用率
110 トレーサビリティ 8.0% 6.1% 3.9%
111 モラルハザード 24.6% 10.5% 3.9%
112 リテラシー 10.7% 6.3% 3.9%
113 タスクフォース 10.4% 4.9% 3.6%
114 バックオフィス 18.1% 7.8% 3.4%
115 エンパワーメント 11.3% 5.7% 3.0%
116 メセナ 15.5% 5.7% 3.0%
117 ガバナンス 17.3% 6.8% 2.9%
118 エンフォースメント 7.9% 3.4% 2.3%
119 インキュベーション 10.0% 3.3% 2.0%
120 コンソーシアム 10.4% 4.1% 1.3%
2016年のマイナビニュースによると、意味を知っているカタカナ語を聞いたところ、コンプライアンスは63.5%の人が知っていましたが、イニシアチブ、コミット、ソリューション、エビデンスなどは、以下の通り、いずれも5割以下の人しか知っていなかったということでした。
また、「あなたが不快に思うカタカナ語」を聞いたところ、1位はアグリー、2位はアジェンダ、3位はコミットで、以下、イニシアチブ、エビデンスと続いたとのことです。不快に思う理由は、「意味が分かりづらいから」「日本語のほうが伝わりやすいから」「自分をかっこよく見せようとしているのを感じるから」ということのようです。
ですから、知らない一般の人がいるところの会話で、「私はそのイニシアチブにアグリーします」とか、「エビデンス・ベースの話をしましょう」、「その話にもうコミットしているのですか」なんてなことを言うと、相手は、「この人、いいかっこしようとしている嫌味な人!」との印象を持たれる可能性がおおいにあります。
このようなデータを見ると、もともと英語ではない和製英語や、意味があいまいなカタカナ英語を使うのは、よほど気をつけた方がいいようです。日本人相手に難しいカタカナ英語を使った際は、(1)相手に通じていない可能性、(2)相手が、顔に出さなくても、不快ないしは嫌悪感を抱いている可能性、(3)キザな人と思われ、話し手の誠実性や謙虚さを疑われる恐れなどがあります。わたし自身も、日本での会議で専門家が、変化・変容というところをメタモルフォシスなどというのを聞いて、「なぜそんなに難しいカタカナ英語を使うのだろう?」と感じたことがたびたびありました。ルサンチマンというのもそうです。「この人、キザでええかっこしィー」と感じてしまいます。
さらに、外国人相手の英会話でも、カタカナ英語を無意識に使ってしまう危険性があります。 ホッチキス、オルゴール、ペットボトル、メンチ、ピーマン、ホットケーキ、シューククリーム、モーニングコール、パインジュースなどなど、英語での会話では通じないカタカナ語がたくさんあり、意識して気をつけないと英語での会話中でも使ってしまうかもしれません。ちなみに、ホットケーキは和製英語で、英語では、パンケーキ。パインジュースも、ハワイのカフェで日本人客がそう発音して注文しようとしたら、「当店にはパイン(松)のジュースは置いていません」と断られたというジョークがありますよ。
カフェ・オレやカフェ・ラテはそのままでも海外で通じるでしょうが、英国では、ミルクを入れるか入れないかを、「ホワイト?あるいはブラック?」と聞きます。昔外務省の大先輩の猛者だった三宅和助氏は、エジンバラでの研修中に、喫茶店で紅茶を頼んだ時にウエイターから「ホワイト?あるいはブラック?」と聞かれて、「アイ・アム・イエロー」と答えたという笑い話が伝わっています。
わたし自身も昔、外務省に入りたてのころ、当時の佐藤総理夫人の通訳をやらされて、「栗」のことをマロンと訳したことがありました。相手のインドネシアのスハルト大統領夫人はきょとんとしてましたが、わたしは英語のチェスナットというのが浮かばず、とっさにマロングラッセを思い出して、栗をマロンと訳したのは今思い出しても赤面の失態でした。カタカナ語の氾濫は、一面では英語の単語を覚えるのに役立つ面もあるのでしょうが、他方、正確な英語を確認しておかないと、恥ずかしい思いをすることになるかもしれません。お互い気をつけましょう。(了)