第三章 別離の記憶 ④いたずらトリオ 2 いたずらトリオの好奇心や関心の範囲は広い。 高校生のくせにタバコを吸う、酒は食らう、かと思えば女の子を のべつ連れ歩いて得意になっている奴がいた。 とりあえず盤城第一高等学校の3年生で、どこで手に入れたか 自転車に、モーターをくっつけたバタバタを乗り回している。 三枝伝吉というヒョロヒョロした野郎だ。 何しろ、だだの足こぎ自転車も貴重品の時代だ。 新聞配達をやれば自転車に乗れるというので勝は新聞配達を志願したが、もうちょっと体がでかくなってからでないとムリ、と新聞店の親父に断られた。 モーター付きの自転車は憧れのマトだった。 それにしてもあのヒョーロクダマは女をどう言いくるめているのか。 夏の宵は必ずといっていいように、いつもちがった女をつれて 夏井川の土手にやってくる。 あの堰を見下ろす土手である。 どうやら手回しよく携帯用の蚊取り線香を用意しているようで、 草むらに隠れてゴソゴソと何かやるらしい。 ミノルが一度、「あいつ、なにしてるのか覗いてみようか」と 言ったことがある。 「おもしれえな」とサカエが目をむいた。が、勝は「そういうこと しっちゃあいけねえ」と、もっともらしいことをのたまわった。 「そのかわりよ・・・」と、 勝が何やら2人の耳を引っぱってささやいた。 その日の宵、勝たちが土手の傾斜面に身をかがめて待つ夏井川の 土堤に、伝吉がこの近くではみかけたこともないワンピースの女を 連れてやってきた。 勉強の方はさっぱりトロいくせに、遊びとなるとやたら目の効く サカエが、まっ先に二人の姿を見つけた。 勝とミノルは土堤の両側に分かれて、ペチャンコにうずくまる。 荒縄を地べたに這わせて、二人が近づいたらピンと張る手筈になっているのだ。 もっとも、その張った縄で二人の足を引っかけて 転ばそうというようなナマ易しい目的ではない。 二人が握っている荒縄の中心点から左右に2メートルばかりは、 あらかじめ肥溜めに漬けておいたもので、グショグショで臭気ぷんぷんなのだ。 その部分が彼らのしゃれのめした衣服の胸から腹の あたりをビシャリと叩く仕掛けになっている。 勝のアイデアだ。 このふん尿ロープの直撃を受けたら、たぶん宵闇のデートは破滅的な打撃を受けること間違いない。 しかも、勝もミノルもサカエもやる気十分で、いまや遅しと伝吉と女の到来を手ぐすね引いて待っているのだ。 幸いなことに、たそがれが来てからの夏井川の土堤をノコノコ歩く人間はあまりいない。 この襲撃の成功率は100パーセントと言っていい。 ただ、攻撃する側もひたすら強烈な臭気に、鼻がもげそうな思いをしなければならないのが難点だ。 リハーサル無しのぶっつけ本番だが、伝吉のカップルはまんまと ふん尿ロープに真正面から叩かれた。 しかも仕掛け人である勝たちは、伝吉に見つかることなく、 猿のごとく逃げおおせている。 とくに勝の巧みで果敢なテクニックで、ふん尿ロープはまず伝吉の 胸をバシッ!と打ち、さらにもう一回、顔面を襲っている。 伝吉は、けもののような声をあげてたじろぎ、女はいきなり鳴き声をあげてオロオロしたのだ。 続く そんな勝のいたずら三昧の行動の一部始終を、それとなく見やっている青年がいた。 常勝院隆生寺の庫裏の裏の見捨てられたような小屋に住む林正順 だった。