2025年1月3日
話のタネ
縁起もの
元国連事務次長・赤坂清隆
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
「まず祝え梅を心の冬ごもり―芭蕉」 お正月ですので、今回はなにか楽しい話題をと思い、「縁起もの」を「話のタネ」にしたいと思います。
「日本人は清潔好きで、善良、正直、誠実なるも、迷信深い」と江戸時代後期(1775~76年)に日本にやってきたツュンベリーというスウェーデン人医者・植物学者が記録に残しています(「江戸参府随行記」)。吉凶による日取りの決め方などが迷信の例と指摘されていますが、日本中にたくさんある縁起の良いもの・悪いものというのも、その部類でしょう。お正月に神社でおみくじを引かれた方もおられるでしょうが、「大吉」と出れば喜び、「凶」と出れば失望するというのは、無邪気な迷信ものですね。
「鉄」は、漢字で金へんに失うと書きますね。金を失うというのでは縁起が悪いというので、JRの「東日本旅客鉄道株式会社」や「西日本旅客鉄道株式会社」のロゴマークのうちの「鉄」は、金へんに「矢」になっています。この方が縁起が良いということなのでしょう。JR以外の私鉄では、大阪市に本社がある近畿日本鉄道が昔「金へんに矢」を使っていました。しかし1967年、沿線の子供たちが漢字の書き取りテストで、近鉄にならって「鉄」の字を間違ってしまったというので、「金へんに失う」という当用漢字に変更しました。
しかし、そもそも鉄の漢字の成り立ちは、「金を失う」ではなくて、「鐵」の略字で、つくりの部分は「漆(うるし)」の意味だったようです。錆びて漆のように赤くなる金属という意味です。そうすると、子供の教育のためとはいえ、正しい漢字に戻した近鉄さんは偉かったですね。
次に、以下の「朝日新聞」、「神戸新聞」のロゴをご覧ください。何かおかしくないですか?
はい、「新聞」の「新」の字がおかしいですね。日本海新聞や南日本新聞なども同じような「新」を使っています。
この という字は、非常に古い字体で、へんの部分の横画が一本多く、「木」の部分が「未」になっています。わたしは昔、これは立木がオノで切られるのは縁起が悪いというので、立木のあいだに一本線が加えられたと教わったのですが、これは俗説だったようです。「」は、千数百年前の時代の漢字「新」の本字であったようで、本来、へんの部分は、「辛」と「木」からなり、シンという読みも「辛」の部分によるようです。
続いて、わたしの名字の赤阪ですが、その「阪」は、現在の大阪府や大阪市にも使われています。しかし、明治になるまでは、「坂」という漢字が使われており、徳川家康が豊臣家を滅ぼした大坂の陣は「坂」で、「大阪の陣」とは書きません。文化5年(1808)刊行の『摂陽落穂集』によると、坂は分解すると「土」と「反」に分けられ「土に返る」と読めることから、縁起がよくないと忌み嫌って「阪」を用いる人がいたようです。明治元年、大阪府が設置されたことで「阪」を使うのが正式となったのですが、しばらくは「阪」と「坂」が混用されていたとのことです。その後、明治10年代には「大阪」と書くことが一般的になったようです。それで、わたしの故郷も、14世紀の建武の中興以来、忠臣楠木正成の生誕地として広く知られた「赤坂村」が「赤阪村」に変わり、わが家の名字も「赤阪」になったと思われます。
縁起ものは、数字にもありますね。4は死を、9は苦を連想させるというので嫌われることが多いですね。しかし、中国では9は、「久」と同じ発音なので永久を意味するとして縁起の良い数字のようです。わたしの父は高校の教諭時代、受験番号が42番の女子生徒が「シニ(死に)とは縁起が悪い」と嘆いたのに対し、それは「ヨニ(世に)出る」と読めるので縁起がいいよと慰めたと聞きました。女生徒に人気のある父親でした。
8は末広がりのかたちをしているので、中国でも縁起の良い数字のようで、2008年の北京オリンピックの開会式は、8月8日の8時8分8秒にスタートしました。日本でも、八百万の神様はやはり8ですね。8を横に倒すと∞(無限大)になることから、良いことが何度も訪れると思われてもいるようです。数字の7は、ラッキーセブンと言うように縁起がよいと思われています。旧約聖書では、創世神話に6日働き、7日目に休んだということから、幸運の数字と扱われてきたようですね。日本のラッキーセブンと言うのは、野球で7回には逆転が起こりやすいことから縁起が良いとして生まれた言葉のようです。
カルピスソーダは、アメリカ、カナダ、インドネシアでは、「カルピコ」の名前で売られています。「カルピス」だと、英語ではカウ・ピス(牛のおしっこ)と聞こえて、縁起でもないからということのようです。
近畿大学は、2016年に英語名をKINKI University から、Kindai University に変更しました。Kinki だと「kinky」(変態の)と同じ発音なので、縁起が悪いというので変更になったようです。
わたしが街で見かけて、くすっと笑ってしまうのが、本屋さんのジュンク堂(JUNKUDO)や、ウイスキーのニッカ(NIKKA)です。英語ではそれぞれジャンク(がらくた)、knikers (女性の下着パンツ)と発音が似ています。「クックダッセ・チョコレート」というのも、ひそかに在京外国人にはクスクスもののようです。
海外からインバウンドの旅行客が爆発的に増加していますが、彼らがクスクスと笑っている日本の言葉はたくさんあるでしょうね。これは、どの国ともお互い様です。むかし、フィンランド人の名スキージャンパーにアホーネンという選手がいて、わたしなどその名前を発するたびに笑いがこみあげてきた思い出があります。かといって、名前を変えるわけにもいかなかったでしょうから、こういう手の話は笑って済ませるのが一番なのでしょうね。
巳年というのは、蛇が脱皮を繰り返して成長していくので、再生と成長のシンボルであることから、縁起が良い年のようですよ。WHO (世界保健機関)のロゴマークにも蛇が入っています。
どうぞ本年が、皆様にとって、再生と成長の良い年でありますよう祈っております(了)