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        第三章  別離の記憶         ⑦林正順 3
        
        林はここでもうひとひざ乗り出して、古びた卓袱台(ちゃぶだい)
        の上に紙切れを出し、字を書いた。
        「良樹細根」
        「大樹深根」
        習字の苦手な勝だが、そのチビた鉛筆の字が、のびのびとしていて
        とてもうまいことはすぐ分かった。
        「もう勝くんが習った字もあるかもしれない。でも、この漢字を
        四つ並べて読むというのは習っていないだろうな」
        勝は、なまいきにアグラをかいた。
        「こっちは、りょうじゅんさいこん、こっちが、たいじゅしんこん」
        林は噛んでふくめるようにゆっくり喋った。
        「良い樹は、必ず地面のなかに細くしなやかな根をはりめぐらせている――というのが良樹細根の意味だ」
        勝は、かりん糖とふかしまんじゅうの手前もあるから、大きくしっかりと頷く。
        「大樹深根というのは、大きく育った樹は深く逞しい根を大地に下しているということだ。分かるね」
        もちろん、勝は大きくこっくりする。
        「それから今日は、勝くんに僕の好きな詩を読んであげよう」
        林はかたわらのリンゴ箱を仕切った本棚から一冊の本を取り出した。
        表紙のすりきれている文庫本だった。
        「中野重治という人の「歌」という題の詩だ。
        読むから聞いておくれ」
        林はあらためて正座し、背すじをシャンとのばした。勝もつられて正座し、背すじをまっすぐにした。勝の耳に、というよりお腹の底にビンビン響くような力強い声だった。
        
        
        「おまえは歌うな
         おまえは赤まんまの花やとんぼの羽根を歌うな
         風のささやきや女の髪の毛の匂いを歌うな
        すべてのひよわなもの
         すべてのうそうそとしたもの
         すべてのももうげなものをハジキ去れ
         すべての風情を儐斥(ひんせき)せよ
         もっぱら正直なところを
         腹の足しになるところを
         胸さきを突き上げてくるぎりぎりのところを歌え
         たたかれることによって弾ねかえる歌を
         恥辱の底から勇気を汲みくる歌を
         それらの歌歌を
         咽喉をふくらまして厳しい韻律に歌いあげよ
         それらの歌歌を
         行く人びとの胸郭にたたきこめ」
        
        勝には理解できないことばがいくつもあった。
        林もいちいち解説などしないでかまわず読み続けた。
        十分に意味も分からないにもかかわらず、林の声の勢いが、
        勝の心の根っこを揺さぶった。
        まったく、ただ何となくだが、元気を出してがんばれよ、というように勝は自分勝手に受け取って、それなりに感動した。
        林は詩の朗読を終わると、勝と一緒に小屋の外に出た。
        手入れをしないままの生垣の際に勝を引っぱっていった。
        「このちっぽけな樹は、ぼくのふるさと、中国の四川省から持ってきたタネから芽生えたものらしい。死んだ親父が取り寄せたんだ。
        まだ5年しかたっていない。でも、きっとすくすく大きくなると
        思う。」
        その樹の名はよく分からないと林は言った。
        
        それより勝は、林が自分のふるさとは中国だと言ったことを、
        しっかり胸にきざんだ。シセンショー?
        勝にはしかと分からなかったが、あの広い中国のどこなのか
        調べてみようと思った。
        林は、まだ2メートルにも足りないその樹木をじっと見ていた。
        杉の葉のように濃い緑の細くこまかい葉が、頼りない小枝にびっしり密集していた。
        庫裏の裏の井戸のところで、ミノルとサカエがいて、
        「おーい、マサル!」と声を顰めて読んだ。
        待ってました、とばかり、勝は「兄ちゃん、また来るよ」と言って
        そこを離れた。
        
        
        
                                   続く
        

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